菅野美穂さんと現代物理学???

1月5日の王様のブランチで菅野美穂さんが、読書ラバーズのコーナでお勧めの本を紹介してくれた。何と、その1冊の中に、「宇宙は何でできているか」(幻冬舎新書)があった。

アインシュタイン150の言葉が、菅野さんお薦めの本であることは、多くのファンの知るところでもあるし、小林誠教授のことは他でも読んでいたが、

サンフランシスコに行った時に偶然ラウンジに、ノーベル物理学賞を受賞した小林誠さんがいて、そのとき読んでいた本があるんですけど
しっかりサインしてもらって、そのあと一人で乾杯しました。
ノーベル賞繋がりで他に、御子柴教授のお弟子さんが、たまたま飛行機の隣の席だったりしましたね。

と、TBS「はなまるカフェ」(2010/01/10放送)http://plaza.rakuten.co.jp/gunchichi/diary/201001110002/
にある。

このように、菅野さんと現代物理学のつながり?は、それなりに知ってはいたが、「宇宙は何でできているか」は結構意外だった。

宇宙人ぶりはご健在だなぁと思ったファンも少なくないかも知れない。

と同時に、ある程度、菅野さんを知っている人ならノープロブレムなのだが、比較的最近ファンになった人で、理科系嫌いの人がいて、菅野さんが、こんな本(失礼)をお薦めしているなんてと、引いてしまわないか心配もしてしまった。

菅野さんの理系的センスというのも、計りかねるところがあるのだが、仮にあったとしても、それが理科系嫌いの人が嫌う、それではないと確信はする。でいて、案外ヘタな理系の人間よりも、理系の偉人達が、そうそこなんだよというような、理系の核心のロマンを感じているようなところがありそうでもあるのが菅野さんぽい。俗を離れて意識がドデカイところがあるのが菅野さんであり、不思議ちゃんぽいところでもある。

私・穂影は自分では理系人間だと思っていて、読んではいなかったが「宇宙は何でできているか」系の本は過去におびたたしく読んでいて、意外であるとともに大変うれしかった。ただ私は菅野さんと違って、多分、芸能界で理系女子と言われる人もそうだろうが、(私は好きだが)理科系嫌いの人が嫌うタイプの人間でもある。私は、この本の存在と評判は知っていたが、この王様のブランチを録画で観て、この本を注文した。

で菅野さんが「宇宙は何でできているか」を薦める発言だが、芸能界で理系女子と言われる人が絶対言わない、かなり不思議ちゃんである。このような興味関心で、良くこの手の本が最後まで読めるものだと驚いてしまう。もし、菅野さんに触発されて、この本を手にして最後まで読めなかった女の子がいたとして、私は言いたい。この点は菅野さんが絶対おかしいのであって、ファンとして君が引け目に感じなければならない点は1つもないと。読めてしまったら、お友達が引く、かなり危ない所がある稀な女の子だ。

クォークとかニュートリノ、目に見えないけど絶対そこにあるもの・・・日本で言うと、なんか、恋愛小説読んでいるよな気持ちになるときあるんですよ・・そ、そうなんですよ・・なんて言うだんろう、説明してて何か良く判らなくなるけど、・・・目に見えないけど大事なんだよ、人の部分とも重なるときがあったりして、何か面白かった・・・ダイエットが上手くいかなかったときは、今日はクォークの動きが変だなと思うようにするといいですよとか・・とか、面白かったな

・・・自分の研究対象にロマンと夢を感じている顔をなさっていてて、・・同じ時代に生きていながら、考えていることが、ぜんぜん違う人の人生を想像すると、何か、面白いなぁと思います。

だそうだ。

私、まだ、「宇宙は何でできているか」を読み終わっていないのだが、・ダイエットが上手くいかなかったときは、今日はクォークの動きが変だなと思うようにするといいですよとか、そんなことが書いてあるのだろうか?もし書いてあるとしても、そこまで読むには、普通の女の子には、やはり基本しんどい本だと思う。

ところで、菅野さんは五郎ちゃんとはどうなのだろうか、何か五郎ちゃんには、少し、同じ時代に生きていながら、考えていることが、ぜんぜん違う人、という雰囲気があるのかも知れないなんて思ってしまった。

日本の世の青年、理論物理学に身を投じようしている青年には、この菅野さんは女神だろうなと思ってしまう。勇気百倍だ。だってこのような青年は、日頃、女の子達には、たいそう引かれていると思うからである。

今の日本の青年達に足りないもの、深く考える、追及することのロマン。菅野さんは、それを、しっかりして欲しいと応援しているのかも知れない。

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ファンとして菅野美穂さんを敬愛し信じること

穂影は、現在のところは、暫定的に無神論者と自覚している。

じゃあ、科学信奉者かというと、微妙でもある。科学的であれば、なんでもありかといえば、そうとも思っていなくて、ある意味、平凡、月並みかもしない。

信じるというのは、一般的には、考えてとのことで、よくよくのことだと思う。ただ普段、信じるものが何もないというのは大変生きにくい。だから科学的姿勢というのは、他にこれと言ってマシなものがないので、とりあえず、お借りしているその一形態といったところだろうか。これって、別段ユニークなことでも何でもなくて、結構、世界中の多くの人が、無意識にでも、実践していることなんじゃないだろうか。

困った時の、神頼みなんかも、私はきっとしてしまうに違いない。家族が病気で手術室に運ばれたら、待合室で、きっと手を合わせて、助かりますようにって祈ってしまうだろう。だだ、こういうことって、忘れたい、重大な精神的なストレスがあると、精神破たんを防ぐ自己防衛機能で、脳に外傷がないのに記憶喪失症になるという、精神生理現象に近い面もあるような気もする。そもそも、宗教というものの起源も、人間が大脳を発達させせた過程の、こうした精神生理現象との関連は浅くないのかも知れない。

普段、信じるものが何もないというのは大変生きにくいので、再現性のあることを信じるというは、ある意味、自然だし、科学の起源でもある。これは、信じるという意識なしに、ほとんど全ての人間が実践していることで、これを意識しはじめると科学の入り口ということになる。再現性のあることを、頼りにする能力がないと、科学的うんぬん以前に、生きていくことができない。これは、こうやると餌をとることができる、こうすると他の動物、他の個体と不要な衝突を避けることができる、ということだから、人間でなくても、動物にとっても必要なことでもある。人間がユニークなのは、動物と違って、再現性が、いくぶん、あやふやなことでも、科学する意欲が旺盛なことである。

愛が壊れた、友情が壊れたというのも、信じるに値することの再現性が壊れたに、等しい面もあるだろう。

無論例外もあるが、母親の子供に対する愛情というのは、再現性、持続性が強固なので、個人的には、実は世間の科学的であることよりも、こっちを私は信じている。でもこれを、母を信じる体験のない者は、信じるものを持てない人間なるという、万人の普遍性にしては行き過ぎである。最近どこかで、見聞きした覚えがあるのだが、賢者は他者の経験から学び、愚者はおのれの体験からしか学ばないというのがあった。論理的には、賢者は母の愛情を体験していなくても体験していても何の関係もないということでもある。愚者には賢者が理解できないから、賢者がどにいるかいないかも理解できない。

母親の愛情を信じるということは、母親が子供を信じていることにつながる。この信じ方というのは、信じて悔いなしということかと思う。本来、血を分けた兄弟というのを信じるというのは、必ずしも一般的ではないのだが、母親の愛に感応すると、兄弟同士にも、信じて悔いなしという気持ちが伝染してくる。

世の中というのは、他者を値踏みして、信じる信じないになる。値踏みが流動的だから、世の中が信じる信じないは、再現性に弱さが出てくるのである。母親は子供を値踏みしないで、信じて悔いなしと信じるので、母親の愛はより信じるに値するものになり、兄弟愛、家族愛に拡張されていく。

家族というのは、信じる信じないからのストレスの、世間からの防波堤になるのである。宗教が世間から防波堤として認識されるのは、開祖が信者を値踏みしないことがコツとなろう。

私は、残念なことに、菅野美穂さんとは何の血縁もないので、私が菅野美穂さんを、敬愛して信じることには、家族を信じて悔いなしよりは、本来は弱くなる。

でも、「万が一」×「万が一」でも、信じて悔いなしというのが、不思議なことにファンというものなのである。穂影は、ある意味、とても小心者で用心深く、慎重なので、こんな風に信じる人をつくるのは厳しく限定する。

信じるものが、ないと生きにくいので、賢者の言論や芸術家の、その作品での伝える力を暫定的に信じ借用しても、その言論等の発信者そのものを信じるとは容易に言わないようにしているのはその為である。むしろ、そんなことに携わっていない、身近な素朴な草の根的な、うまい話を持ってきてくれない、世間の人々の方が、期待するものに応じて、はるかに信じるに値する人が多い。

信じて悔いなき人は、菅野美穂さん一人である。

何故なんだろう。必要以上に、さもしく事物を値踏みしない、あたたかい慈愛に満ちたおおらかさを感じさせるからだろうか。家族のように、思いやって本当の涙を流せる人だからなのだろうか。

作品「いいひと」「海峡を渡るバオリン」で、菅野さんと縁のある草彅剛さん。再生力も託して、「信じるに余って、憎さ百倍とならず」に、少し、信じさせてもらうこととする。

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菅野美穂さんと花の色

 菅野さんと、花の色のイメージ。菅野さんも好きだといわれているコミックの名作「ガラスの仮面」からすれば、我々ファンとしては、やはり「紫の人」「紫のバラ」である。紫のバラには、当時(今でも完全には)存在しない、バラの改良をしている人々の夢であった、青いバラの一歩手前という意味も込められているのだろう。

 一方、白い花というのも、清楚で美しく、これもまた、菅野さんにピッタリだと思うのである。

白というのは、まじり気がなく、純粋、という印象が強いと思う。これは水彩絵の具を扱っているときの感覚かなとも思う。あるいは白い紙のイメージか?。これから貴方色に染まりますという花嫁の象徴、白無垢というところか。
菅野さんも、役がらに取り組むときは、白からはじめるのかなとも想像もする。きめつけられた、勝手な自分の色で、役柄を与えられてしまうのは、役者としては、ものたりない気もする。菅野さんには、あまりそういうタイプの役者さんにはなって欲しくない。だから白は、いい感じである。

 あらゆる可能性があるという意味でも、白は「千の仮面をもつ女優」菅野美穂さんにふさわしいとも思えます。
ただ、わたしは、いろんな色に染まる素地としての白より、既に全ての色を持っているという意味での白に、菅野さんのイメージを重ねてみたい気もする。絵の具の減色混合の理屈ではなく、テレビ、スポットライト、光そのもの加色混合の原理としての白である。(三原色のスポットライトで、それぞれで重ねて、照らされたところは、白色光で照らされたことになるんですよね) 白い花は全ての色の光を反射するから白なわけです。だから白は、色がないんじゃなくて、究極の色ともいえるかな。色がないことは、白ではなくて黒、闇なんですね。

 白い花は、全ての色を反射して含んでいるから、環境によって、微妙な色合い、微妙な白になります。赤みがかった白、青みがかった白と。特に私が好きなのは、緑の葉の照り返しで、明るく若草色がかっている白い花かな。
菅野美穂さんの香りがするなと。

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菅野美穂さんファンって素晴らしい

穂影は菅野美穂さんファンとして、菅野探偵事務所や菅野総研に書き込みさせて頂いてます。
たびたび、駄文を書き込んでいると、悪口というか苦言も言われしまいます。
反省も勉強もしなければならないけど、ならもう来ませんなんて見本にはなりたくない。
苦言を言う人に、そんな風に人の悪口を言うもんではないと、おしゃって下さる方もいて
本当に感謝しなければならないこともあります。
実際、掲示板で、何かといわれると、書き込みする意欲が萎えるのは否定できません。
でも、それでも掲示板に戻れるのは、優しい言葉をかけてくれる方の他に
なにより、活発に楽しく、掲示板に書き込み会話されている、たくさんのファンの方々の存在です。
それを読んでいると、私もその中に入りたい、書き込みたくなるということで、勇気百倍という感じです。
反省しなければならない嫌な気持ちも、読んでいるうちに忘れられます。
掲示板を維持してい頂いている、SAGAさんやまんじょうめさんへらの感謝は勿論ですが
掲示板を楽しく活発にしている、菅野美穂さんファンは本当に素晴らしいなと思わずにはいられません。
私も、そうした思いに素直に、今後も菅野探偵事務所と菅野総研に参加したいと思っています。

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菅野美穂さんファンに迷惑かけてしまうなぁ

菅野さんファンになって、ファンサイトの掲示板には随分お世話になっています。
同時に穂影は随分、トラブルメーカーになちゃってて、ほんとうに申し訳なく思う。

掲示板で、そういう種を提供してしまうってほんとつらい、痛いものがある。
勿論、その痛みは他人のせいではなく、多分に自分の反省点でもある訳だ。
もし、かばってくれる人のレスがあっても、それもまた有り難いと思うの同時に
さらに、しまった、掲示板に迷惑をかけたと言う感じにもなってしまう。

中には、心配してくれる方もいるかも知れないので
気に病んでいるんじゃないかと心配させてしまうことも申し訳ない。
こんなことで欝(うつ)の入り口になってしまうこともみんなの悪い見本になってしまうから
そういうことはだけは避けたい。
まあ、たまには自分の躁(そう)を冷ますということも必要だろう。

私みたいな、思いをする人も少なくないんだろうか?
ブログというのは手軽で、米国から普及したそうだが、
急速なブログ人気には、そんなことも関係しているのかも知れない。

ブログにはブログの短所、長所があるとも思えますが
掲示板の難しさから、ある程度逃れる手段という感じもしてしまう。

ブログをやり始めた以上、それを活用することに勿論興味がある訳だが
一方で、掲示板に参加する魅力も捨てがたい。
もし大勢の人達がブログ活用を探求することに興味が集中してしまったとして、
これまでの、せっかくの掲示板文化が衰退しまうとしたら寂しくも感じる。

掲示板参加の難しさに、安直に負けるのではなく
まだ、しばらく、どうやって、その難しさを克服していけば良いのかも考えてみたい。

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言葉狩り、服装狩り

本来、このブログの趣旨とはズレますが
菅野さんの職業も表現の世界でもあるし、セリフも言葉ですから。

言葉狩りという言うと、筒井康孝氏の断筆宣言が有名みたいですね。
私、その事情は具体的に知りません。あしからず。

でも、小説なんかで、下品な言葉、差別言葉なんかを狩ることに
少なくとも、私流に納得できないことは、あるんですよね。

私ね下町、育ちだったでしょ。周りがガンガンそんな言葉使っちゃてたんですよね。
私、少しそんな中では、小説なんか読んでる方だったと思う。
昔の小説って主人公は、まわりの人間より上等な人という形で描かれるんですよね。
ボロは着てても心は錦的な意味でも。
でね、基本的には、その主人公の敵対勢力、(アンチテーゼ?)の連中は
言葉使い悪いんだな、これが。
勿論、主人公のような人間でありたいと思う私は
それを読んで、言葉のマナーを私なりに学んだような気がする。
はっきり言って、それが私なりの周りに対する優越感と誇りでもあった。
実はそれが小説を沢山読みたいという動機の1つでもあった。

差別用語が現実、根絶されていないのに、こうした小説とから
差別用語なんかを狩ってしまったら、良し悪し勉強する機会が損なわれる。
だから少なくとも、小説みたいのでは、基本的には機械的な言葉狩りとかはやってはいけないんですよね。
演劇も同じ。

ほんと言葉狩りの真の狙いは、日本人の言葉使いを良くすること
その言葉を嫌う人達を思いやってのことではなくて、小説なんかの領域にまで手をつこっむと
一部のドブ板代議士の言動のアラに気がつくように、国民が独学で賢く品良くならないようにって
意図があるんじゃないかと思いたくなる。

ただし、私的には、実際にその言葉を見て聞いて、不快に思う人がいるなら
新聞なんかでは、避けようとする努力は必要だし、そういう勉強の成果は維持すべきかなとも思う。

服装のこと

「ごくせん」の人気なんか、学校関係で服装のチェックに一生懸命な関係者には
ゆゆしき番組なのかぁ~って気がしてしまう。
でも、もともと、過度に形から入る教育ってのも問題ないのか、
教育の手抜きじゃないかという考えも、見直す良い機会じゃないかという気もする。
生徒達に、「ごくせん」の生徒達の、どこが素敵だと思うという質問からはじまる教育があったっていい。

学校の制服の1つの意味は、それがない場合、過度に華美を競うことになって
家庭の経済格差でやな思いをする子がいないようにする配慮だったことも思い起こして欲しい。
かつて少しお坊ちゃま学校的に思われていた慶応でバンカラが生徒たちのコンセンサスだったのも
一部のクラスメートに対する一種の思いやりだったことを思い起こして欲しい。

わたしは「ごくせん」大好きだけど、同時に問題作だと思う。正面からそれを論議してこそ
あの作品も、さらに価値があると思う。
言葉の問題に戻りますが、現実、荒れている学級の言葉使いは、あんなもんじゃすまないと思う。
いくら優秀な進学校でも、もし生徒達が陰で、小説の中の悪玉が使うような言葉交わしていたら
受験勉強のし過ぎ、言葉狩りをされていない、小説とか沢山読めと言いたい。
そういう言葉がどんな種類の人間が使っているのか、知って恥じるべきと思う。
心が錦なら、言葉使いはボロじゃない方が良いと思う。逆も真ではないけれど。

菅野さんの、役を離れた言葉使いには、心があると思う。
言葉使いの中に慇懃無礼というニュアンスを感じ取れない感性ってのも、また未熟なんでしょうね。

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菅野美穂さんのいない連ドラ

HDDレコーダとか持つようになって、連ドラのチェックがしやすくなった。
2台目もあるので裏番組もとれるようになった。
みんなから穂影って相当な暇人と思われているだろうけど
私なりに、やらなきゃならないこともあるし、やりたいこともある。
どれだけ、早送りするするか、スキップして鑑賞しているかというのは
何よりも正直な感想になっちゃているような気がする。

一番スキップとかしてないのは、「H2」と「ごくせん」「救命」
次に「87%」「みんな昔は子供だった」
次に「優しい時間」「富豪刑事」。
「義経」は相当スキップ。
他は最初からエアチェック無し。

私、夏川結衣さんあまり知らないで、「青い鳥」ちらっと見たとき永作さんの方が好きだった。
あまり評価してなかった。でも「87%」は良かった見直した。
本木さん、良い俳優さんだと思う。でも何か「サイコ」な演技のような気がして、
どうしてもっとある意味、普通に演じなかったのか思う。
「隣人」「幸福の王子」引きずり過ぎ?課題にして欲しい。

「救命」はスキップがだんだん多くなってきていた。「子供だった」は逆。

「87%」の酒井若菜さんとか、「救命」のメグミさんとか「子供だった」の白石美帆さん
穂影なんか偏見持ちがちなタイプだけど、なかなかだと思う。将来期待。

さて偏屈、天邪鬼な穂影、倉本さん脚本の「優しい時間」をどう観たか。
穂影は映画「愛を乞う人々」「学校」「天国への百マイル」「ジョゼと虎と魚達」「半落ち」「落下する夕方」「つぐみ」
などを大絶賛するタイプの人間です。
「優しい時間」俳優さん達、素晴らしい。脚本の狙いも嫌いじゃない。展開も工夫している。
カメラワーク、BGMも良い。でも何かダメ。役者さんに何をやらせるかに、生理的に相性悪いのかもしれない。
寺尾聡さん自身、「半落ち」のように演じて良いと思ったのかな?そうじゃないと思う。
寺尾さんなりの、適切なプロファイルから出てきそうな演技が、不適切に封じ込められような気がする。
なんか、誰かがおかしいと感じてしまう。だからつまらなく感じる。小津作品のような日本人の心情でもない。
優しさとは甘えの構造とは違う、静かな時間流れそのものではない、既得権堅持とは違うハズなんじゃないかな。
杉田かおるさん、余貴美子さんらのような素晴らしい演技を、もっと他の人にもやらせたっていいじゃないですか。
出来る人達ばかりなんだから。長澤まさみさん、私、「逃亡者」のときから期待しています。

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穂影のちょっと定本

ちょっと、菅野探偵事務所であの写真集とか、池脇さんの「ジョゼ」のシーンが話題になったんで。
本来、あの菅野さんの写真集は、女性こそ、堂々と買えてしかるべきなんですよね。
そうでないのは,買うときに恥ずかしさを感じた女性のせいではない。また男性にとってもそうなんです。
誰のせいでもなくて、私も含めて世の中が未成熟なんじゃないかな。菅野さんが、あの写真集をだされたことに関しては、菅野さんの「定本 菅野美穂」に記されていることで
必要十分だと思うから何も言う必要はないでしょうね。
私、個人は女優さんの写真集の価値は、着衣もヌードも同じことだと思っています。
女優がヌード写真集を出すことがいけないなら、着衣の写真だって同じだと思う。美しさに変わりはありません。
ヌードになってもいい、それはヤダなんて、フリル付きのピンクのスカートは?というのとたいした違いはないのかも。
人それぞれでしょうね。
また乳房までなら許されてヘアーはダメというのも、かえっていやらしいことになると思う。
そのへんの是非は、歴史的な習慣の変遷しだいというか、相対的な問題なのかな?
写真集でなくて、演技上はということだと、例えば池脇さんの「ジョゼ・・」での乳房が露になるシーンは
あれがあっても全く自然だと思う。あくまでも動作の一部でしかないし。池脇さんの裸身自体は、それが目的だったら、もっと美しさを強調できたと思うけど、
映画ではそれをしてないから、かえって映画としての流れとして自然で美しかったと思います。
菅野さんの場合、事務所の方針でそんなシーンでも許さないことがあったとしても
それで、今後の菅野作品の感動、面白さ、に限界が生じるようなことは絶対ないと思いますね。
菅野さんに限らず、現代は心無い人達によって、画像チャプタなどされ
関係者に不本意な形でネット等で流布されてしまうから、昔以上に慎重であっても良いとも思えます。
(実際、菅野さんのあの過去の作品は週刊誌にそれ的なことをやられてしまったのかな)
このシーンでは乳房露にしてくれなきゃ、言いたいことが伝わらなくて、作品が台無しなんて
そんなことはまずありえないんですよね。
私ね、女性の裸身というのは美しいと思いますよ。ただし私が実際に、純粋にいきをのむような美しさを感じるのは
絵画でも写真でも風景や花や着衣の女性の肖像あるいは完全な抽象ですね。それは裸身に問題があるのではない
それを見る私の邪心のせいだと思う。だから私がもし表現で納得のいく美しさを探求しようとしたら
モチーフとして、女性の裸身は避けると思う。勿論それは私のことであって全ての男どもがそうだとは言いません。
でも、女性達や美術家、美術愛好家たちは、少し男性の現在の純粋美意識をかいかぶりすぎてないかなとも思う。
男が女性の身体にあこがれることを邪心だけとばかりまでは言わないけど、美しさを求める動機だけからというのも
正直あまりにも嘘っぽい。男が女性の身体を愛でることができるのは、相手の女性の気持ちがあってこそ。
男にとっては、その女性の気持ちこそが貴重なハズなんですよね。
これだけは、男として絶対に忘れてはいけないこと、そうでなければ畜生にも劣ることは間違いありますまい。

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菅野美穂さんの「悪魔のような女」

「悪魔のような女」面白かった。このブログは超マイナーなのでネタバレ的でも世間への迷惑は極小かな。
みんなは、どう解釈しているのか気になる点がいくつかあるんです。
薫(浅野ゆう子さん)は綾(菅野美穂さん)の死亡確認してないでしょ。現場に駆けつけた元刑事(串田和美さん)の演技もあいまいでしょ。
綾は死んでなかった、いな気絶もしてなかった、そこで全てを悟った。
綾が生きているとすると、葬式は元刑事と共謀した、フェイクということになるんですね。
元刑事の私の力で薫を逮捕することができますが、どうしますか、というのは、それとも殺しちゃいますかということになる
リアシートの液体は毒殺する為の薬だったかも知れませんね。でも綾は元刑事から、薫こそが心臓疾患に苦しんでいたことを知り
戦法を変えたのかも知れません。だから毒薬をシートにこぼして捨てた。元刑事もそれを期待した。完全犯罪復讐です。
綾が死んでいるとすると、元刑事は幽霊を相手にしたことになります。それもありかな?

あるいはもっと大胆に綾はドラマの初めから、あるいは比較的初期に全てを知っていたという想像はどうでしょうか?
そして、いつか薫が晴樹(仲村さん)を殺すことも予測し、その後、自分が薫を驚かして殺すつもりであったと。
薫の手の内にある、ふりをしていたんですね。用意周到な植物的な復讐の悪魔だったんです。
もしかしたら、綾の両親も薫に殺されたのかもしれない。薫は綾の父親を誘惑しようとしてフラれたのかもしれない。なんてね。

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菅野美穂さんラジオに登場


昨日、金曜夜はラジオJーWAVEの「OH!MY RADIO」担当YUKIさんに菅野さんが登場。
私、聞き取り書き取りの才能も無いし、言い回しも凄く不正確だけど
聞けなかった方の参考にでもなればと、ざっとメモして見ました。()はYUKIさん

(ざわざわしております それもそのハズ エエ声~)
鼻詰まりだし こもってて ユキちゃんの声は好き
ほんとに~ そんなこといわれたことない
おこられてばっかり ドラマの監督 風邪ですか

ラジオは久ぶり ドラマで歌のとき そのときはけっこう 

カラオケとかダメなんですよ
打ち上げ2次会 発散したいんですよね
ワイワイしているのは見るのは好きなんですけど 横で手拍子とかするのは好きなんですけど

(ワンピース 黒のタートルネック オーガンジー) 薄い ペロペロ 寒い
(ゆきちゃんゆきちゃん 超有名本屋 なんだなんだ)
ゆきちゃんオーラでるね  可愛い子がいるなと 
((芸能人同士なのに平気で街中で声かけてくるんなて?)勇気あるよね)
(某デパート 野菜選んでた 背中にドクロ ムートン ちょう真剣)
一人好き (一人で歩いてんですよ) なんか気楽に
閉店間際 オサシミ おすし 安くなるでしょ 時間がなくて

(はじめて私と会ったのは) ラッキープルー TMCかもしれない おとこ運
これは売ってないし なみだが ドラマに貸して下さって 感動 なみだ
ヘイヘイ収録 (お手紙 字うまい )

(あの曲(愛をください)いいですよ) 
女性用キー 幅がせまい そのまま 恥ずかしいですね 
(演技のときは?) てれくさいな キスシーンのときとか はずかしいよね 
恥ずかしいって顔も恥ずかしいでしょ ほんとに~ 内心オドオド ほんとに~ ほんと

ビデオとかYUKIさんのように演じたいと (褒められるとのびるんで)

(愛をください流れる)
ただ歌ってる 
(わけわけわからなく歌ってる それでいいんですよ)

(ご自分の曲よく聴くんですか) 出来れば聞きたくない いやいやそんなことないんですが

え~っと  ~で  だったり
シャロンストーンのやつがあったり 年齢はボカシて
(大奥じゃないですか 見てました) こうゆうの観てたんですか
ビンタのシーンとかあったりとか
(極妻な感じで?) ディテールは違うけど
いがみあうシーンばっかで
夕子さんがいると 笑いがあったり ピッシとしまったり 現場にメリハリ

(一人で私と同じ天婦羅屋行くしらしいね) 一人天婦羅 大好き 塩だよねやっぱり

シアラ グッディズ にせもの見たいで 聞きやすくていいんですよ (毒舌大丈夫ですよ)
(シアラ流れる)
(きちんとヘッドホンなさってて)

(小さいいころから役者になりかったの? 演技勉強したの?)
漫画好き、TV、ドラマあまり見なかった 映画見に行く家でもなかったし
漫画家になりたかった
亜美ちゃんの漫画部屋 あそこ地盤沈下おきるよね ヘタな漫画喫茶より 
貸してもらったのは カードキャプタ桜? クランプは濃いよね 
好きな人の絵を真似したりして。
描けないんだよね (ヘタそうだよ、私うまいから)
台本があって監督にこうしてと言われて ((俳優も)その人じゃなきゃはあると思う)
TVは感想を聞く機会がない
 
正直な話していいですか 舞台はつらかった ヘレンケラー 
なんつっうかプロレス見たい 体が信号機みたになってるよ 体にアザが 肉体勝負だな~と思って
((ドラマと違って))ハプニングが当り前 大竹さんは演技に取り込む どうしよどうしよ
舞台に立つというのは 精神的にも肉体的にも、まるまるささげる気概、気合がなくちゃダメだなと思って
ドラマ経験が多いので ドラマが好きだなと思っちゃうんですけど
見所ビンタ お返しとか (浅野夕子とプロレスとか) たっぷり宣伝してして頂いてしまって

(菅野さんとミュージュックビデオ) 凄くうれしい ぜひぜひうれしい いや~うれしい
(私の「水の女」) うんうん見たい うれし~ 

(ほんと可愛い菅野さんと、もうお別れ)

みんなCD屋さんにすぐ行きたくなるんじゃないかと思って スイートセブンティーン 
(みんな聞いた聞いた 菅野さんがいってるんだよ~)

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