芸能・アイドル

2013年2月 6日 (水)

反論、朝日新聞 記者有論 AKBと男児の写真 放置で被害を広げるな

どう思うニフティの青少年インターネット環境整備法に対応
という記事を書いたが
関連して、

朝日新聞記者有論 文化くらし報道部 本山秀樹氏の
AKBと男児の写真 放置で被害を広げるな

という記事を問題にしたい。
自主規制に関する考え方が私と違う。

当局の表現の自由に対する規制を良いこととしないのが、私の基本であるが、自主規制ならば良いかというと、それが安直な世論の圧力に屈してというのであれば、劣らずそれも良くないという議論も、このブログでかつて進めて来たのである。

表現の自由を考えたとき、表現を規制し取り締まるのは、個別の判断ならざるを得ない。それを無視して自動的にしてしまうのは断固反対である。個別の判断で結果、法的にも社会的にもペナルティが科せられるのは、いかしかたない面もある。表現の自由を信念とする者は、ときに悪法の毒杯をあおぐことで、社会に抗議することも必要だ。そのような判断をする社会に抗議することが必要だ。ゆえに悪法と言えども、法治にのっとり規制されるべきなのだ。

その意味で、安直な自主規制というのは、別の意味で危険な訳である。世論と言っても一般的には国民の総意ではなく、その一部である。してみれば、安易にそれに屈して、自主規制するというのは、私刑、リンチに屈するということだし、それは私刑、リンチを肯定し、奨励することにもつながる。

さてAKBの写真の問題の個別性であるが、私はそれを今だ見ていない。
児童ポルノの疑いとのことだが、背後にいる男児の手で裸の胸を隠したポーズが問題とのことである。例えば男児の性器が露出されているとか、弄ばれていると言うことでもないらしい。恐らくは、そうでなくても、そうした男児を性の欲望の対象として扱うことを連想させると言う拡大解釈なのだろう。あるいは、そうした目的で大人の女性が男児を誘惑、いたずらする可能性も考えているかも知れない。

個別問題として、結構デリケートである可能性を感じる。一歩間違えると、西洋美術の古典的なモチーフである、ビーナスの裸体と子どもの姿をした天使のモチーフも、そうした欲望を喚起するという問題にもなってしまう。例えば、古典名画を実写で再現するという美術ジャンルがある。半裸のビーナスにベールをかぶせようとする子供の天使の古典絵画があったと思うが、これに子役を使ったとして、性器を隠したとしても、児童ポルノ防止に抵触するのだろうか?

写真を見ていないので、無責任なところはあるが、天下の講談社が、そうそううかつなことをするとは思われない。とすると、ネットで批判の声が上がったと、過敏・安直に自主規制する講談社の体質に大きな危惧を感じる。
この無責任さが、その後の話を、無駄にややこしくしてしまっている。

本山秀樹氏は、講談社のこの写真を転載した各スポーツ紙や、それを閲覧可能にしている図書館が、講談社の自主規制に追従していないことを批判しているが、私はおかしいと思う。

国立国会図書館は「児童ポルノを閲覧禁止にするのは、裁判で確定した場合か、係争中のものに限る」としているそうで、親方日の丸を嫌う私でも腐っても鯛というか誠に正しく文句のつけようがない。本山秀樹氏がこれを持って図書館側の動きがにぶいというのが、天下の朝日新聞の記者の考えかと、その幼稚さに驚きを禁じ得ない。いくら児童ポルノ撲滅に燃えているとしても、言論の側に立つ人間として偏向思想に過ぎる。

ただ、私としても、本山秀樹氏を批判するに、自信を持てない点はあって、それは最後の「巻き込まれた子どもの人権は、今もなおざりにされたままだ。」という点だ。この辺が良く判らない。写真の子供の年齢を把握していないのだが、人権侵害の訴え能力がないと見なせる年齢なのだろう。とすれば、子どもらに親権者などがいれば、その親権者らの児童虐待容疑にもつながる。そうでなければ、本山秀樹氏の考えは矛盾するだろう。

講談社の自主規制が、相当に問題なのは、それが、講談社が、子どもたちの親権者の児童虐待容疑を認めたことにもつながりかねない。子どもたちの親権者からの名誉棄損に発展しかねない、発展しても良い問題をはらんでいることだ。本山秀樹氏だって名誉棄損で訴えられ得る可能性がある。

やはり、安易な自主規制には、私刑・リンチを肯定する要素があり、名誉棄損の可能性があるのだ。本山秀樹氏の考えは、あまりにも幼稚だ。

記事で、ネット上の児童ポルノについては、大手プロバイダー各社などで情報を共有し、閲覧を自主規制する仕組みがある。だが、その対象は、警察庁や同庁の業務委託先から情報提供があったものに限るという。とある。

この辺が、私の記事、
どう思うニフティの青少年インターネット環境整備法に対応
に関連する。
警察庁の業務委託先と言うのが、青少年保護機関、人権擁護機関なのかとも思う。この両機関、依然として実体が良く判らない。

私と本山秀樹氏が真逆なのは、私は警察庁ですら譲歩して法治国家なのだから、やむなく、それでも自分が正しければ弁護士を探して法廷闘争を辞さないとしているのに、その上で同庁の業務委託先などやだなぁ心配だなぁと思っているのに、本山秀樹氏は、それすら物足りなくて、当局依存でだらしがない、自主規制をどんどんやれなのである。

不幸中の幸いか、AKBの写真問題に関しては警察庁当局は今のところ冷静・、良識があるように思われるので、やはり問題は講談社の自主規制の無責任さにありそうだ。

本山秀樹氏の考えはとても危ないと思うのである。

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2011年11月16日 (水)

脱原発に一票でツッイって、江川紹子さんについて思ったこと

脱原発に一票でツッイって、江川紹子さんについて思ったこと

私がツイッターで、江川昭子さんだと思っている人なのだろうか、 彼女のことを上から目線とか、我々を愚弄しているとの意見があったとして、私の心の中の江川さんだと、自分が世論の一部だと、そう感じることあるかも知れないと思った。
心の中の江川さんは、オーム狂と戦い始めた弁護士関係の時から、警察・司直・世論が協力的でないときから逆境でオームの天敵だった人。サリンがらみでマスコミ、世論の一部が冤罪を作ってしまったときも、距離を置いてた人。
様々な人の人権を考えて活動する上で、オームの天敵だったのに、もしかしたらサリン被害者からも、マスコミ、世論の一部からもひどいパッシングを受けていたかもしれない人だ。
そんな私の心の中の江川さんだと、世論の一部である私に、上から目線だとか、愚弄しているのではないかと、感じさせられても、必ずしも、他の人から、そう感じさせられるのとは、どうしても別の反応になる。そう感じるのが、間違いか錯覚のようにも思うし、そこから学ぶことも多いかと思うのだ。
そして、今のところ、ツイッターでそう思っている江川さんからも、心の中の江川さんからも、脱原発への願いがぐらつくような影響は受けていない。ぐらつくとすれば、私の心の中にあるものが原因であり進歩でなく退行であろう。

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2011年3月13日 (日)

感謝しよう 応援しよう 称えよう メルトダウンと戦う方々を

感謝しよう 応援しよう 称えよう メルトダウンと戦っている方々を、戦った方々を。

このみんなの気持ちを伝えたい。

信じよう、彼らの懸命を。

勝利しても、その過程での放射能拡散はある。

近くの方々は避難すべき。

しかし、メルトダウンしたら、日本中どこに逃げても無駄だ。

我々は、彼らに命を預けている。

感謝しよう 応援しよう 称えよう メルトダウンと戦っている方々を、戦った方々を。

今後の生活より、今後の国民、世界の人々の命、健康の方が先決、重要だ。

確実にメルトダウンを止めることを応援しよう感謝しよう。

その炉に再度、灯をともすことを躊躇なく放棄する、現場の判断に感謝しよう、それを、応援しよう

現場は、営利企業とししての、経済活動継続、事業存続への甘い期待をはねのけて欲しい。

担っているのは、会社、官庁の期待、メンツではない。国民の願いである。

感謝しよう 応援しよう 称えよう メルトダウンと戦っている方々を、戦った方々を。

今、必要なのは、知りたがることではない、現場を信じる、現場で懸命な方々への、応援と感謝の気持ちだ。

我々は、後で現場の方々に、あのとき、ああすれば、こうすれば、を言うつもりはない、誰にも言わせない。

現場の献身・勇気を信じ、感謝するのみだ。メルトダウンを回避してくれれば、その不安をとり除いてくれれば、ゼロからの再生は、どんなにつらくても、われわれ日本人ひとりひとりの、務めだ。

未来をつなげてくれている、現場の方々の勇気に感謝しよう、応援しよう。

15日、未明12:30 福島原発1、3号とつづいて2号機

東電記者会見、危機的、記者会見の彼らは完全に壊れている。

現場の英雄達を頼るのみ

東電管理職に原発を所有させるのは、間違いだった。人類が原発を所有するのは間違いだった。

組織としての東電はもう使えない状態だ。

現場技術者は、全て東電の社員であることをやめて、緊急政府直轄で雇用して身分を保障されるべきだ。全権を自衛隊に与え、彼らを協力させるべきだ。

東電はいらない

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2010年2月12日 (金)

江戸好き、子供好き、紫煙のおじいちゃんの全人格否定の暴力

古新聞09年12月29日読売朝刊社会面

副音館書店の「たくさんのふしぎ おじいちゃんのカラクリ江戸ものがたり」という子供向けの本。表紙を見ると、素敵な江戸情緒の街並みの絵と、パイプをくわえたおじいちゃんの絵がある。

喫煙に反対する団体からの圧力で、この本が販売中止になってしまったとのこと。

副音館書店の性格上やむなしということなんだろうが、「あんたの子供は読まんでいい」と反発もしたくなる。バーチャルとは言え、愛煙家のおじいちゃんの全人格否定ではないか。実際の存在だったら、「あのおじいいちゃんの家に行ってお話を聞くのは、やめなさい」は、各家庭の自己責任だろう。

子供向け専門でない出版社がこの本の版権を譲り受けて、出版して欲しいと思う。

「たくさんのふしぎ おじいちゃんのカラクリ江戸ものがたり 喫煙に反対」でググったら。記事は小さいのに、大事件になっちゃてる。別段様々なご意見にケンカを売る気は毛頭ない。少し公平をきす為に見たサイトを紹介しておこう。私と思いは違うが、それもそうかもという意見もある。http://www.bunkomania.net/2009/12/post_1023.html

http://d.hatena.ne.jp/yamada5/20100116/p1

http://d.hatena.ne.jp/fut573/20091229/1262095252

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2009年12月 4日 (金)

女子アナ 電波巫女 電波ホステス メディア論

09年12月2日読売朝刊文化面  佐藤卓己京大准教授のメディア論が面白い。今だ大学生の人気就職先である新聞社・雑誌社・放送局などのメディア産業。「メディアは子供達をどう変えるか」を「広告媒体は子供達をどうかえるか」に読み替えることを推奨している。明示的に、陽explicitに金銭を払う広告主がいなくても、顕示欲・情報欲望にかかわる情報媒体であるものをメディアと言うのならば、NHKもまた広告媒体と言える。

氏は、女子アナなるものを、巫女にたとえているが、私は電波ホステスかと思っていた。氏は知らない間に女子アナを巫女と感じてしまうことに警告を鳴らしているのかと思う。それがメディアが理性的であること、メディアを理性的にとらえることから遠ざかっていることだと警告しているようだ。メディア関係者を司祭達にして平気な風潮に警告を鳴らしている。

電波ホステスとしてぐらにしか考えないタフさも必要かも知れない。

新聞という活字を読むことは読書や勉強とは違う。それはTV視聴と同じく受動的なのだから。メディアなのだから。

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2009年11月24日 (火)

安藤美姫 勝つためのジャンプ 表現者としての成熟

09年11月24日読売朝刊・スポーツ面。安藤美姫さんのロシア杯での写真が美しい。「安藤美姫 勝つためのジャンプ 表現者としての成熟」でググッてもさすがにこの記事はヒットしない。「勝つためのジャンプ 表現者としての成熟」今の美姫さんの魅力と、期待を表すに良い文章だなぁと感心。

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2009年11月19日 (木)

中国 ネット 小説 体制 美人 作家

09年11月19日読売朝刊・国際面

「中国 ネット 小説 体制 美人 作家」とかでググってみた。感触はビミョウー。ネットでまだ痕跡が不十分だから、新聞が誇張、偏向記事とは言えないし、記者が足と目耳でさぐった日本人がまだ知らない兆候なのかも知れないが。

ただ中国は大きいので、絶対数が大きくても、国全体の兆しとては、取るに足らないことを大げさに言ってしまうこともある。

そもそも、中国のインターネット人口が世界最大といっても、それが中国政府公式発表がソースならどこまで信じて良いかという問題もある。それに国としては絶対数より率が重要ということもある。

まあ、確かに、今や近未来の中国うらなう意味で、面白い話ではある。

中国は人口や面積で大きな国ではあるが、反面ある意味、我々が興味を持つ範囲では、いくつかの都市国家の集まりでしかない、まだ小さな国なという気もするのである。軍事はまた別であるが。

新聞記事発で、日本のネット情報に影響を与え、ネット上、嘘から出た真なんて現象も警戒したい。新聞社の作為・商売気に注意する必要もある。

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2009年4月28日 (火)

草なぎさん 違法家宅捜査・大臣暴言大問題・地デジキャンペーンの闇 社会正義はどこに

不景気に世界的にも脱せないことから、日本の最低限の社会正義はどっかにふっとんでしまったのか。

人権擁護の砦であるべき新聞、ジャーナリズム、弁護士会の、官憲の横暴になすすべのない、今のていたらくは一体何なのだ。

軍閥の統制に、積極的な協力をしていたことの反省が、今の朝日新聞等の根幹ではなかったのか?

週刊朝日も、週刊文春もあまりに悲しい。文春はただの天の邪鬼と正義感を履き違えているだけだ。権力にしっぽを振っているだけの記事だった。ジャニーズ事務所を権力あつかいして正義ぶる状況ではないのだ、たたくべきは官憲の横暴である。盲目的な官憲協力のこの状況、とても恐ろしい。日本全体が、かつてのあのときのように貧すれば鈍するの状態になってしまった。

あの大臣達も今は、所詮、ホームレスに身を落とすこと怖がる、自分達だけはワーキングプアにはなりたくないと、保身だけを考えているような、マスコミ、ジャーナリズムの本社サラリーマン記者デスクや大学の教員識者、弁護士など、ワンワン吠えるのは最初だけで、あんなやせ犬どもは、ひと睨みすればションとおとなしくなる、甘いものくいすぎ虫歯で牙のない、みじみな野良犬どもだと、政府系施策キャンペーンのCMブローカーから接待わいろを受け取っていた官僚とともに、ソファーにふんぞりかえってさぞ高笑いだろう。財界という広告主、CMスポンサーは大臣官僚の下僕である。テレビ新聞、弁護士会は兵糧攻めにおびえるしかなかった。正義はどこにもない。

この状況の恐ろしさに比べれば、どんなに巨額であろうと、CM契約不履行損害賠償にかかわる草なぎさん個人の社会人としての責任など、さほど重大ではない。請求することも、重大さのはき違いとしてケツの穴が小さすぎる。アッコなどはもともと非難するのもかわいそうな、アネゴキャラにしがみついている(彼女はだからこそ、それなりに芸能界への忠誠心は強い)無邪気なオバカキャラである。

新聞テレビなど、明らかに、当初これは芸能界の薬物ネタにつながるスクープだと早とちりしたに違いない。それで違法家宅捜査問題を失念した。

そして、メディア・マスコミ・言論弁論界・芸能界は、なにがなんでも、地デジビジネス、地デジ経済効果、絶対死守で、官憲横暴など眼中に入れないことに舵をきり直したのだ。

あの時は、日本国民は軍閥、朝日新聞等の経営陣。営業部にだまされるしかすべがなかった。今はどうだろう、ネットやブロガーは今度はそれに抗うことができるだろうか?プロバイダーはそうした国民を守ってくれるだろうか?ネットウォーカー、ブロガーは官憲横暴体制を転覆させる無血革命の力を得ることができるだろうか?

ところで、良い作品に出たいという役者としての熱意。酔った勢いでたけしさんを待ち伏せすること。いったいこれのどこが奇行なのか?

たけしさんは、これを不快だとは、思っていないないんじゃないかしらん?

文春があそこまで中途半端な記事を書くのなら、穂影も対抗して、がんばって自由自在な根拠のない憶測妄想を書かせてもらう。

草彅さんは、芸能界でも独特の性格である。お酒はやや不用意に過剰な息抜きとなっているが、それは彼がとても真面目な性格ゆえのストレスからでもある。彼はまじめなので、芸能界の薬物汚染などをとても嫌っている。この気持ちが強すぎることが、芸能界で浮がちなこととも関連している。草なぎさんの家族も、この真面目さが芸能界には向いていないと心配していた。草なぎさんは、芸能界の薬物汚染で、家族に相談したことがある。家族は、まあ所詮で郷に入ればと、ある程度は目をつぶればと、ある意味普通の反応をした。これが草彅さんには、家族がいる世界とは違う、汚い世界に平気でなじめと「僕は親に捨てられた」という感覚になってしまった。とにかく真面目なのである。草彅さんは薬物に無縁だから、かえってお酒などには無防備なのである。スネに傷もつ同業者には、ある意味、危険人物だろう。草彅さんは孤独である。同じようにまじめでも、キムタクは良い意味で純朴だけは終わらない、落ち着きがあるから、このツヨシのアンバランスが日ごろから心配なのである。草彅さんは、本当に泥酔であの事件を起こしたたのだろうか?実は大きなストレスから逃れるための決意の核心犯だったのでは?家宅捜査を誘導するのが狙いだった。薬物がないのは判っている、別のものを発見して欲しかったのだ。しかしそれは闇に葬られた。草彅さんしてみれば、芸能界の薬物のイメージ払拭との一石二鳥のハズだったのにである。実は発見して欲しかったものは、現場警官には告白していた。その発見物は現場警官から上司が取り上げ、かん口令がひかれた。そして警察によって大袈裟な公然わいせつ罪が演出されたのである。草彅さんは真相が言うに言えない状態なのである。

誰かが、なんらかの方法で、草彅さんを頼らずに、草彅さんから引き出すことなく、この草彅さんのストレスの元を破壊してくれないだろうか。その悪が芸能界の暗黙の常識だったとしても。

キムタク、中居君は、やはり芸能界上級者である。政府系施策キャンペーンというのは必ずしも美味しい仕事でないことを良く知っている。特にまじめな草彅さんには不向きな仕事だから、請け負ってしまったことを知って、内心アッという気持ちだったのでは。

文春は、「総務省が関る活動には、当然、税金が投入されるのだ。”国民的アイドル”は、もはや単なる酔っ払いではありえない」と書いてある。

なぜ税金で、そんな活動をするのかというのがまず問われるべきだろう。過去に、そんなことは無事に何度もやっているというのは答えではない。何故この活動に国民的なアイドルが必需品なんだろう?これは草彅さんの責任ではないだろう。このキャンペーンプロモータ業者の名がとんと出てこないのは何故なんだろうか? 癒着の証拠なんか、簡単に出てくるのでは? 賠償金など草彅さんが負わないで済むように誰か暴いてくれるヒーローはいないものだろうか?

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草なぎさん 人権無視家宅捜査問題 地デジの闇

朝日新聞朝刊、読売新聞朝刊、朝日は読者の声欄で抵抗するもあいかわらずである。朝刊しかとっていない私のような者へのあてつけでもあるまい。

新聞に朝刊、夕刊とあるのは速報性の為であって、新聞社の体質を判断するには、どちらか一方で十分であろう。

本来、読売と朝日は互いに、ある程度仲が悪いのが、一定の魅力になっているが、最近、ネットで朝日、読売、日経と協調したりして、そのていたらくぶりが目にあまる。

「貧すれば鈍する」と言うが、発行部数不振、広告収入部数不振、人材凋落で、保身のため、 守銭奴の上の方ばかり気にして、ことなかれで仕事をするばかりで、気骨のある新聞マンOBも、さぞや嘆いていることだろう。

じゃあ、週刊誌がそれを補ってくれるかと期待もするがどうだろう。週刊誌というのは、見出しと記事の内容が全く関係がないのが常である。新聞の週刊誌の広告を見ると、キムタクが、日頃からツヨシに酒のことを、厳しくとがめていたのにと、怒り心頭であるかのような見出しがある。草彅さんは記者会見で、まずSMAPの仲間が、日頃からお酒のことを注意してくれていたのに、自分が十分にそれに耳を傾けいなかったと謝罪した。

キムタクが、今のそうした草なぎさんに、加えて追い込むようなことを強調するとは思われないから、例によって週刊誌は見出しと内容が食い違っているのではと想像する。読めば、ああキムタクは良い人だということになるのだろうが、週刊誌のキムタクに対する態度は微妙かも知れない。キムタクに媚びているのか、キムタクも連座させ、落ち目にしたいのか狙いが判らない。あの世界は「ちみもうりょう」「ひゃっきやぎょう」である。三流マスコミというのは、無責任に、自分達は弱い者をイジメはしない、強い者イジメをするのだという、くだらないポジション(のフリで)でつっぱしる。そんなものは本当の反権力闘争でもなんでもないのだ。つねに無責任な安全圏にいて下品下等な言論モドキで読者から金をせびりとっているだけだ。

地デジ化というのは、先進国情勢でもあるから仕方がない面もあるが、各国で拙速で、草なぎさんの件、以前に評判が悪い面もあった。なんとか評判を戻して対応機器の販売促進で景気回復を図りたとしても、それに大きな水を差したのは、今回の草なぎさんより、あの大臣の反応である。それがあの人の本質であることは疑いようがない。

そもそも、地デジ化を景気と結びつけて重視すること自体が悪である。

また本質的に施策キャンペーンにタレントを利用することが悪であって、その悪を放置する理由は、関係公職者のリーベト是認となんらかわりない。

あの大臣の過剰な反応は、類がそこにおよぶという後ろめたさの表れであろう。もともとやっかいな地デジ問題で、渡りに舟と草なぎさんをスケープゴートにしようとした反射神経の愚かしさ醜さを露呈した。

そうようなことにかかわるのに、草なぎさんらのような立場の人間には何の責任もない。これこそ仕事だからしょうがないのである。ギャラが欲しいのは当たり前だろう。自力で稼ごうとするものは、常に弱者なのである。

私は匿名で意見を述べているから本当はどうでも良いのだが、万が一、草なぎさんの人格が虚像だとしたらどうか? しかし、その証拠は穂影などは知りようもないし、ファンとしては信じることが大切なのである。一方で、プロの報道関係者は、どうなのか? プロとして万が一の恥をかきたくないのかも知れないが、意気地なしで、ずる賢く、慎重であった期間の責任は忘れて欲しくない。そもそもあんらがたの拙速で事が始まっているのだ。

一般人として、大目にみられることが、だれだれでは社会的責任が重いからという、論法の線引というのは、本当のところ、どこにあるのか、一度、報道関係者にも真剣に考えて頂きたい。報道関係者というのは同僚を見ても、お酒などで、みな聖人君子なのだろうか?。俺たちは草なぎさんからみたら、ケタ違いの低額所得者で、日頃のウサも多、だから大目にみてよなのか?違うだろう報道関係者は、それでも可能な限り聖人君子に近くあるべきなのである。記事を書くときだけ、聖人君子のフリをしたり、みずからをさておいて、あんたは、そうでなくちゃいけないなどと言うのは許されないのである。

泥酔の醜態など本来、ほめられたものではない。サラリーマンの場合、ブタ箱、トラ箱に一泊しても、警察が勤務先に報告することはないし勤務先が知ったとしても懲戒とかはない事が多いと思う。

暴力はまんず許されない。でも酔った勢いで、上司、同僚をぶん殴るというのはありそうである。刑事事件に発展させないで社内で懲戒、降格というのもあるだろう。殴られたのが上司なら、部所内で不問ということもあるだろう。しかし第三者に暴力をふるったのなら犯罪だし、隠匿すれば組織犯罪でもある。

週刊誌の中には、見出しに「逮捕 妥当性」という言葉を使っているものもあるようだ。

草なぎさんの完全復帰を確認するまで、CMを中断したスポンサーの商品は買わないし、だいぶ前にテレビが故障して液晶地デジ対応に買い替えてしまっていたのは残念だったが、つい最近アパートが地デジ対応になったのだが、アナログもまだ受信できるので、録画デッキを地デジ対応にするのは、それまで無期延期とするつもりである。というより、特別な理由(特定の女優さん)を除いてテレビを観るのをやめようかとも思う。

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2009年4月27日 (月)

草なぎ剛さん お酒の失敗?4 人権無視家宅捜査?

2009年4月27日の朝日朝刊、読売朝刊。

当初、大きく取り上げすぎじゃないかと、不信感を抱いた後、手のひらを返したように両紙とも黙殺である。

黙殺した方が、草なぎさんの復帰が早くなるという、お詫びの気持ちだったとしても、むしろ無責任である。今、両紙ともメンツの為に、草なぎさんが、一般社会でも芸能界の中でも、常軌を逸した泥酔の常習犯だという材料集めに必至なのだろうか? 暴力事件に発展した例があれば、黙っているのは良識的にも犯罪隠匿ほう助であるが、そうでなけば、身内からそんな情報提供があった場合は、薄汚いチクリの部類だろう。そんなんだったら、アッコとかはどうなるのだ。それにそんな材料は、家宅捜査の違法性検証とは何の関係もない。今後心配なのは警察マスコミ協調の薬物ねつぞうである。やりかねない今の日本ではないのか?

あの大臣の発言もあって、名古屋市長選の影響を考えて、マスメディアはだんまりに舵を切ったと憶測したが、市長選が終わっても、不信無責任な転向姿勢に変わりはないようだ。

名古屋市長選で、このところ劣勢気味だった野党側が勝利したのは、あの大臣に反発、官憲暴走をコントロールできない政府に対する怒りを持った、名古屋の草なぎさんファンの影響もあったかも知れない。

別件的な家宅捜査の違法可能性は、重大問題である。新聞はジャーナリズムとして機能を失ってしまったのだろうか。政府キャンペーンにおける芸能人イネージキャラクター、民間広告業界との関連の問題もある。

読売新聞、朝日新聞とも、あれだけ草なぎさんを過剰に傷つけておいて、無責任極まりなく、このままではジャーナリズムの矜持のかけらも感じられない。

かろうじて朝日新聞は、読者の声の欄で、「「最低の人間」はお粗末」という投稿を掲載していた。投稿者は大臣の撤回表明でも許せないとしています。読者の声を担当するというのは新聞社の中でもメインストリートではないかもしれない。一種の新聞社内でのメインストリートに対する内部批判だろうか。

CMスポンサーの場合、ある程度、ことの次第を見守るというのはわかるが、いつまでたっても、権力の顔色を気にせず勇気をもって草なぎさんを復帰させなかったとか、あるいはガツガツ性急に違約金を草なぎさん負わせたということであれば、私は個人的に、そのようなスポンサーの商品は一生買わないつもりである。地デジ移行は、権力の横暴で、個人で実質選択できないので、今回、重大な地デジのさらなるイメージダウンの張本人は、私にとってはあの大臣である。

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