映画・テレビ

2012年6月 4日 (月)

がっかりフジテレビオンデマンドがアクトビラ離脱のTSUTAYA TVへ

液晶テレビでアクトビラをそこそこ利用している。主に韓国のMUSIC BANKを観るためだ。フジテレビの見逃し番組を観たいと思ったら、結構古い話なのだが、TSUTAYA TVがアクトビラを離脱して、フジテレビオンデマンドがアクトビラで観れなくなっていた。

仕方がないので、この液晶テレビでTSUTAYA TVにアクセスの手続きのし直しである。TSUTAYA TVがアクトビラを離脱する前の液晶テレビなので、アクセスできない訳ではないのだが、最近のアクトビラ対応のブロードバンド対応デジタルテレビと違ってやや面倒だ。

アクトビラを利用するとき、パソコンであらかじめ、観たい番組をマイページに登録している。私に言わせると、そうでないととても使いものになるものではない。液晶テレビ上のアクトビラの操作画面は、観たいコンテツを検索する上でもパソコンに慣れた者には耐えがたい不便なものだ。所詮テレビであってパソコンでは無いのだから仕方ないが。

TSUTAYA TVであっても私にはそうである。従って、パソコンでTSUTAYA TVの観たい番組を検索してマイページに登録できる必要がある。しかし、そう思いたってから、この2日ばかりTSUTAYA TVのサイトは「PCサイトで提供しておりました会員情報機能は現在改修中のためご利用いただけません」なのである。いつまでそうなのか、プレスリーリス・お知らせを見ても音沙汰無である。

さぞ他のユーザーの憤懣も大きかろうとググってみても、そんな声は見つからない。みんな我慢強いのか、不思議に思う。ただ、他の事で、TSUTAYAの事業に批判が結構あるのを知ってしまった。中にはブラック企業だとしているものもある。

TBSオンデマンドはアクトビラとTSUTAYA TVの二股で結構なことだが、何故フジテレビオンデマンドはアクトビラを嫌ってTSUTAYA TVと癒着してしまったのだろうか?

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2012年2月19日 (日)

原発 サンデル教授 NHK 事故処理 徴兵 消防 核兵器

先ほど、NHKのサンデル教授の日本での番組を見ていて。

白熱教室の書籍の方でも、代理出産、徴兵制の問題はあっただろうか? あったような気がする。

ただ番組で、徴兵制に関して、福島第一原発事故処理のことが出て、考えこまされた。似ていると言えば、確かにそう言える面もある。

この番組で、消防の消火活動のことも出ていた。このブログで消火活動のこと書いた憶えがあった。

時代錯誤の落とし子、建築士と建築構造計算捏造問題、責任の所在は?

という記事で触れていた。

(②③)建築は消防法を順守すべきことは勿論だが、保険会社独自の保険料を決める価値判断はあっても良い。
消防庁は消防隊員がより低いリスクで消火、救助活動できるか個別の建物の情報に関心を持つべきだろう。活動を躊躇したくなるなるような建物の情報を把握しておくべきで、それを建築主、保険会社等に勧告しておくことも良いと思われる。実際に活動を躊躇したとしても、必要以上にとがめられる必要はないだろう。建物の使用者、利用者は、そうした情報を知りえるべきである
建物によっては、最上階等に建築主、建築所有者で私設消防隊を常駐させるような考え方も必要かも知れない。

消火活動がしにくい、消防隊員があまりに危険な建物は、そのことを前もって、明らかにしていれば、消防隊は消火活動、救助活動を拒否できる権利をもつべきだする意見だった。

私はこの見地からもやはり原発は存在自体が良くないと思う。

日本の為にも、命がけで、原発事故の収拾を図らなくてはならない。福島で現実にそうなってしまった訳だ。

確かに、戦争を前提をした徴兵制の問題は、日本人として現実的に実感できないないが、福島第一原発のことを考えると、もう無縁の問題ではない。

既に、危険作業・健康被害作業を金で買っている。

分厚い鉄板とコンクートで遮蔽していた放射線をどうやって動ける服で遮蔽しようと言うのか?

戦争がなければ、徴兵制などの不幸な問題がなくなるのだから、原発をなくすは当然のように思える。

福島第一原発と太平洋戦争が違うのは、前者は生きて帰ってこい、であり、後者は、お国の為に死んできてくれ、命惜しがるは非国民。の違いはある。

しかし、お国の為と、お国は勝てるという、国民洗脳、情報操作があったのは、どこかとても似ている。

原発は平和利用だと言っても、現段階では、核兵器を保有維持したい動機がなければ、とても説明がつくものではない。

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2011年3月13日 (日)

感謝しよう 応援しよう 称えよう メルトダウンと戦う方々を

感謝しよう 応援しよう 称えよう メルトダウンと戦っている方々を、戦った方々を。

このみんなの気持ちを伝えたい。

信じよう、彼らの懸命を。

勝利しても、その過程での放射能拡散はある。

近くの方々は避難すべき。

しかし、メルトダウンしたら、日本中どこに逃げても無駄だ。

我々は、彼らに命を預けている。

感謝しよう 応援しよう 称えよう メルトダウンと戦っている方々を、戦った方々を。

今後の生活より、今後の国民、世界の人々の命、健康の方が先決、重要だ。

確実にメルトダウンを止めることを応援しよう感謝しよう。

その炉に再度、灯をともすことを躊躇なく放棄する、現場の判断に感謝しよう、それを、応援しよう

現場は、営利企業とししての、経済活動継続、事業存続への甘い期待をはねのけて欲しい。

担っているのは、会社、官庁の期待、メンツではない。国民の願いである。

感謝しよう 応援しよう 称えよう メルトダウンと戦っている方々を、戦った方々を。

今、必要なのは、知りたがることではない、現場を信じる、現場で懸命な方々への、応援と感謝の気持ちだ。

我々は、後で現場の方々に、あのとき、ああすれば、こうすれば、を言うつもりはない、誰にも言わせない。

現場の献身・勇気を信じ、感謝するのみだ。メルトダウンを回避してくれれば、その不安をとり除いてくれれば、ゼロからの再生は、どんなにつらくても、われわれ日本人ひとりひとりの、務めだ。

未来をつなげてくれている、現場の方々の勇気に感謝しよう、応援しよう。

15日、未明12:30 福島原発1、3号とつづいて2号機

東電記者会見、危機的、記者会見の彼らは完全に壊れている。

現場の英雄達を頼るのみ

東電管理職に原発を所有させるのは、間違いだった。人類が原発を所有するのは間違いだった。

組織としての東電はもう使えない状態だ。

現場技術者は、全て東電の社員であることをやめて、緊急政府直轄で雇用して身分を保障されるべきだ。全権を自衛隊に与え、彼らを協力させるべきだ。

東電はいらない

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2011年1月 8日 (土)

洋書入門というサイトを紹介 理系和書の崩壊 電子書籍あれこれ 読書と景気

洋書入門というサイトを紹介したい。
http://www.yousho.info/about.php

「洋書が読みたい」でググって見つけた。最初見たのは、
「洋書読み」になるべきか、ならざるべきか、それが問題だ!
http://www.yousho.info/100.php
というページである。大変示唆に富む内容だ。

穂影は英語の勉強したいから洋書を読みたいのではない。
知識に興味があるから、本を読みたいのであって
知識を覚えきれなから、記憶は不正確なので蔵書したいのである。
今の日本の状況だと、和書は頼りないので、洋書を頼らざるを得ないのだ。

文学、エンタメ系なら、紙の和書でも、今は十分に頼りなる。
しかし、理工系の専門書になると、紙の和書でも頼りない。
理論と定量がない、素人向け解説本ばかりになっている。
書き手の問題より、日本の読み手の問題かと思う。
分数計算もろくにできない、理工系大学生の存在のせいだろうと思う。
大学生、院生の教科書向けの手ごろな値段の新刊専門書は、
20年前、30年前の専門書より明らかに後退している。
全く進歩していないか、後退している。20年前、30年前の専門和書が内容のピークだ。
明らかに、東大生の平均的な読解力が後退しているからに違いあるまい。
大切な専門的なある程度高度な微分積分方程式や常数、係数、定量基礎データの記載がどんどん省かれている。
読み手が理解できない、使えこなせない、プログラミング化する能力がないからだ。
大学生向け教科書新刊書がどんどん素人向け解説書化している。
毎年かわりばえのない設問、問題しかない官製資格試験の受験対策参考書化するばかりだ。
判っていなくても、少し丸暗記していれば、受かってしまうあの試験である。

最近、日本人は本を読まなくなった。マンガばかり読んでいるからだ。
テレビばかり観ているからだ。映画ばかり観ているからだ。テレビゲームばかりやっているからだ。
車でドライブばかりしているからだ。繁華街を歩きまわっているばかりだからだ。
遊園地で遊んでいるばかりだからだ。
不景気で仕事でこき使われているから、本を買う金があっても読む時間がないからだ。
そうだとしよう。

じゃ、なんらかの理由で、日本人が本を読むようになった。本の消費量が増えた。
読書時間が増えたとしよう。休日は家に引きこもって本を読んでいるとしよう。

そうなると
その分、テレビの視聴率、映画、遊園地、繁華街の収入、テレビゲームソフトの売れ行きは落ちるかと思う。
車の売れ行きが落ちる、ガソリン消費量が減る。
日本の悪い景気が、ますます悪くなる。

何が心配で、日本人の読書衰退を心配しているのだろう?

不景気は嫌なので、読書三昧は穂影達だけができれば良いかと思う。
他の人間は他に時間を使って、散財して、景気を支えて欲しい。
良い本が読みたい。他の人間は馬鹿のままでも良いとさえ思えてきた。

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2010年12月 5日 (日)

新聞はおまえにはまだ早い!己の意見も持たない者が他人の意見を読むと害になる

最近、思い出して、気になっていたこと。
NHKの「坂の上雲」で
秋山好古のセリフ

正確に憶えていなかったので、「坂の上の雲 秋山 新聞 自分の考え」
でググったら

「新聞はおまえにはまだ早い!己の意見も持たない者が他人の意見を読むと害になる
ばかりだ!こんな物は長じてから読め!」

というのがあった。で、ググり直すと結構、引用されている。
そこそこ、みんなの関心をよんでいるようだ。

私は、ドラマより原作を読むのがタッチの差で先じているが
印象に残ったのはドラマでである。

原作にこれが、あったのか、自信がない。

ちなみに、ググルのに、1980-2008 年とドラマ放送以前に条件をつけると
ヒットしない。ますます、原作にあったのか、判らなくなってきた。

面倒だが原作をスキャンし直す必要がありそうだ。

で、まんず、原作にもあったという仮定で話すが

新聞はおまえにはまだ早い!己の意見も持たない者が他人の意見を読むと害になる
ばかりだ!こんな物は長じてから読め!

これって、司馬先生が、好古なら言そうなことと、資料も確定していないのに
想像、創作して、記述されていたのかどうかに興味がわく。
もし、司馬先生の創作なら、司馬先生の明治時代の新聞観ということになる。

で、原作には、なかったとすれば、勿論、NHKドラマ脚本陣の創作ということになる。
NHKのアドリブだとして、私は、あまりそれを非難できない。
なぜなら菅野美穂さんファンの穂影は、原作を逸脱して律のシーンが多いのを楽しんでいるからである。

ただ、これだけ、ネットでそれなりの反響・印象の持たれ方をしていると
NHK脚本陣の創作・アドリブには、相応の責任が生じるかも知れない。

まあ、このようなことも気にはなるのだが
大事なことは、ネットの反応もそうだし、私も

「新聞はおまえにはまだ早い!己の意見も持たない者が他人の意見を読むと害になる
ばかりだ!こんな物は長じてから読め!」

というのは、今でも、そうだなーと思うということなのである。
無論、新聞だけでなく、テレビ報道、雑誌報道、新書、HowTo本、啓蒙書、指南書のたぐいでもである。

新聞等は、何々が多発している、何々が多くなっているとか、記述が正確ではない。
そうでないにしても、何を一面トップに載せるべきかという判断でも、正確ではない。
正確でないことは、ともかくとして、正確でないことに、無責任なのが、最大の害であるから、注意が必要である。

だから、新聞はときとして、否、たびたび、おばかな連中が作っているという認識を持たずに
読まないと、害になるというは、今でも、通用する。

おばかな連中が、おばかな読者の為につくっているという認識は必要である。
つまり新聞等の内容は事実性としてはさほど価値はなく、新聞等のおばかな傾向というのが事実であって、
それを読み解くのが、新聞を読むことの意味なのかと思う。

新聞等が、世の中のバカさ加減を、解説しているのではなくて
新聞も世の中のバカさ加減の1つなのである。

だから、自らの思考能力と見聞を頼りに、新聞等を含めて様々な馬鹿さ加減を分析する為に、新聞に目を通す必要がある訳だ。
そして、害のない、数すくない役に立つ情報を、新聞等の膨大な無駄な情報中から、すばやく見出す能力が大切となる。

と同時に、オバカな記事でも、そのような記事が実在しているというのが事実情報の1つ、
インスタンス・オブジェクトでもあり、その意味では、世の中に
知らないでも良いと言い切れる、完全に無駄な事象というのも、論理的には、あり得ない。

だから、新聞を学校教材にするのを、良しとしても、それは、読み書きの、読みの訓練以上で、あってはならない。

しかし、幾つになっても、この新聞等の読み方の域に達することが出来ずに
新聞とは言わないが、それに類する、情報を読み解けない、読み解かないままの
今の大卒の中高年の幼稚さにも、あきれかつ反省せねば、ならないだろう。

朝日新聞も読売新聞も、日夜、それぞれ、独特、共通の害をまきちらせているのである。

若者達に何ひとつとして、偉そうなことは言えないのである。

新聞はおまえにはまだ早い!己の意見も持たない者が他人の意見を読むと害になる
ばかりだ!こんな物は長じてから読め!

新聞を読むなとは、言っていない。否、読めと言っているのである。
早く、長じろと言っているのである。

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2010年1月 9日 (土)

★上海のサラリーマン住宅悲話

010年1月9日読売朝刊国際面。ググりたい固有名詞 「中国 ドラマ 房奴 蝸居 ホワイトカラー 上海 開発者 強制立ち退き 貪官 小三(愛人) 拝金主義 北京循盛業影視文化 腐敗幹部 実在 自主規制」

気になる文章 「皆が住宅を転売してカネもうけをしている」「住宅がなければ、疎外されてしまうという恐怖感がある」「金を稼ぐスピードは永遠に住宅の値上がりの速度に追いつけない」 「月収の半分以上をローン返済」

日本の至近歴史を顧みれば、軍事力はともかく、経済で中国が覇権というのは杞憂に思えて来る。むしろ沈没する巨大船の周りを、うろうろしていると海底に一緒に引きづり込まれるではなかという心配もある。邦銀、商社とか日本の政財界要人達は火事場泥棒的に逃げ足が早く、また日本国民がしりぬぐいということも予想してしまう。欧米は自国民に迷惑がかからないように日本という巨大経済泥船とかかわってきていた

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2009年11月24日 (火)

映画 2012 賛否両論 中国 終末のフール

09年11月24日読売朝刊・国際面。「映画 2012 賛否両論 中国」でググルとこの記事がヒットする。ヘェーと言う感じ。いまさら、単純な、終末パニック映画では面白くない。でも劇場で金は払って観るほどの、問題提起性なのかしらん。

伊坂 幸太郎先生の「終末のフール」という小説は、とても気に入った。もし映像化されたら必ず観ようと思う。

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2009年11月18日 (水)

NHK リーマン予想

09年11月15日NHKでやっていたリーマン予想のスペシャルが面白かった。勿論というか、本当に理解できたには、ほど遠いが、はじめて少しは感じがつかめた気がした。あれから大型書店に立ち寄る機会があったのだが、提案150年ということで、セールスはしていたのだが、強いて買いたい関連本はなかった。NHKには、是非、書籍化して欲しく思う。

NHKのHPにアクセスしたが、どんな専門家が監修とかしているのか掲示されていなく、録画もしておらず、テロップも再生できない私としては、とても残念である。NHKオンデマンドで視聴できるようなので考えてみようかと思うが、視聴料はちゃんと払っているので微妙にシャクな気もする(笑い)。

素数と自然法則の関係なのだが、関係などないという学者も少なくないそうで、ヘエーとも思った。ある系で固有周期の関係で定在波の波数が素数だったりしたら、そうでない場合より個性的だったりしないのかしらんと素朴に思ったりするのだが。倍音とかうなりとか習ったりした記憶もあるので。

あと、「セミ 素数」でググれば、やはり、それなりの情報も得られる。

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2006年12月30日 (土)

人の鑑賞の余韻を損なうな!!

12月29日朝日朝刊読者投書。映画館で館内の照明がつく前に席を立ってしまう人が多いそうな。感動と余韻の味わいが損なわれるとのこと。なんかわかるし、悲しいですね。今の日本人、やっぱ急いでいるばかりで、事物の鑑賞力が衰えているかな?同時に身勝手なばかりで思いやりのある公共心がない。そんな人に支えられているんじゃ邦画の復活も、すなおには喜べません。もうキムタクが映っているのは終わったじゃね。キムタクだって、そんな見かたされるのは残念だろうに。

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2005年10月23日 (日)

反射光「奇蹟系」映画は観たくない

菅野探偵事務所のSAGAさんのご感想
私も、そう思います。

あまり良い傾向でないなと思われるのは2つでしょうか。
1つは奇蹟系で良いのか
2つめは同じ夢でも過去ではなく未来に向かう夢を見せて欲しい
両方がどう融合しうるのかは、まだちょっと良く判りません。

私の場合、宣伝で、そんなお話だと思っているから
それらの作品、観てない弱みはあります。
「黄泉がえり」なんかがそうです。

「世界の中心で愛を叫ぶ」は連ドラなら、再放送でかなりのスキップ再生でおおよそは把握しました。
スキップ鑑賞だったということは、私の好きなタイプの物語でなかった見たいです。
勿論、原作にしろ、映画ドラマにしろ、これを良かった、感動したと言う方々がおかしいという気持ちはありません。
そんなには、私なりの解釈の「奇蹟系」という印象ではなかったです。

「奇蹟系」としてSAGAさんは連ドラ「雨と夢の後で」は揚げておられません。
観てらっしゃらないからかも知れないかとも思ったし、あるはこれはそうではないと思われたのかな?
私はこのドラマ、雨のお父さんが、事故で幽体離脱して娘のところに来たけど
いづれ、体に戻って、救出されるのではないかとも思って観ていました。
いづれにしても、「奇蹟系」としての批判としては、正直、微妙なところです。
ただ、「奥様は魔女」「ロッカーの花子さん」的エンタメとして面白かったし、
血の繋がりの有る無し、親子のきづな、未練の克服という意味でジーンとくるものはありました。
後向きの、過去振り返り系ではなかったと思います。
そういえば、私「居酒屋ゆうれい」が大好きなんですが、
不覚にも?(笑い)「雨と夢の後で」はジーンとくるものが多かったかな。

「いま会いにゆきます」も連ドラの方は、かなりのスキップ再生でおおよそは把握しました。
やはり、「雨と夢の後で」と同じ手法と感じましたが、
「奥様は魔女」「ロッカーの花子さん」的エンタメ性が感じられなかったので
穂影としては、大きな減点対象でした。
また、乗り越える為の過去振り返り手法が「奇蹟」系の印象とあいまって
凄く安直かなという印象が強かったです。
これに関しては、映画、連ドラとも、
菅野美穂さんのシンパであろう岡田恵和さんが、
原作を取り上げ、関わっているのを寂しく感じます。

亡き人の影が、枕元に立ち、何かの啓示を与える。
私はこれは、あっても良いと思う。
結局はそれも、本人の意志なんだけど、
自分の中以外のものから由来しているという体験感覚は
錯覚に過ぎないなんだとか
そんな風に考えることは、その人の勝手ではある。
一方で私は、こうことは、世界に漂う霊的なものリンクが
本当にあるからなんだと、思ってもいます。
潜在意識的な偶然に頼らず、つとめて意識的に、こうしたリンクに対する、
アンテナを働かせようというのは悪いことではないと思っています。
「すべてのことは~♪メッセーェ~ジ」なんてね(笑い)

>現実と未来への期待が薄く、昔を懐かしみあのころに戻りたいというような気持ちばかりが
確かに問題ですね。大人の志向がそればかりでは。社会傾向として恐いですね。
この間、たまたまアニメの「雪の女王」観てたら
お母さんに死なれてしまった、ちっちゃな女の子が、魔法?の力で、夢でお母さんに会っていました。
勿論?私はジーンときました(笑い)
これを、大人の身の上にして、いつまでも感動の種にしちゃいかんですね。
それじゃ、子供達を守る立場として子供達にあわせる顔がない。

                  毎度、とりとめもなく。

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