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2013年2月 6日 (水)

反論、朝日新聞 記者有論 AKBと男児の写真 放置で被害を広げるな

どう思うニフティの青少年インターネット環境整備法に対応
という記事を書いたが
関連して、

朝日新聞記者有論 文化くらし報道部 本山秀樹氏の
AKBと男児の写真 放置で被害を広げるな

という記事を問題にしたい。
自主規制に関する考え方が私と違う。

当局の表現の自由に対する規制を良いこととしないのが、私の基本であるが、自主規制ならば良いかというと、それが安直な世論の圧力に屈してというのであれば、劣らずそれも良くないという議論も、このブログでかつて進めて来たのである。

表現の自由を考えたとき、表現を規制し取り締まるのは、個別の判断ならざるを得ない。それを無視して自動的にしてしまうのは断固反対である。個別の判断で結果、法的にも社会的にもペナルティが科せられるのは、いかしかたない面もある。表現の自由を信念とする者は、ときに悪法の毒杯をあおぐことで、社会に抗議することも必要だ。そのような判断をする社会に抗議することが必要だ。ゆえに悪法と言えども、法治にのっとり規制されるべきなのだ。

その意味で、安直な自主規制というのは、別の意味で危険な訳である。世論と言っても一般的には国民の総意ではなく、その一部である。してみれば、安易にそれに屈して、自主規制するというのは、私刑、リンチに屈するということだし、それは私刑、リンチを肯定し、奨励することにもつながる。

さてAKBの写真の問題の個別性であるが、私はそれを今だ見ていない。
児童ポルノの疑いとのことだが、背後にいる男児の手で裸の胸を隠したポーズが問題とのことである。例えば男児の性器が露出されているとか、弄ばれていると言うことでもないらしい。恐らくは、そうでなくても、そうした男児を性の欲望の対象として扱うことを連想させると言う拡大解釈なのだろう。あるいは、そうした目的で大人の女性が男児を誘惑、いたずらする可能性も考えているかも知れない。

個別問題として、結構デリケートである可能性を感じる。一歩間違えると、西洋美術の古典的なモチーフである、ビーナスの裸体と子どもの姿をした天使のモチーフも、そうした欲望を喚起するという問題にもなってしまう。例えば、古典名画を実写で再現するという美術ジャンルがある。半裸のビーナスにベールをかぶせようとする子供の天使の古典絵画があったと思うが、これに子役を使ったとして、性器を隠したとしても、児童ポルノ防止に抵触するのだろうか?

写真を見ていないので、無責任なところはあるが、天下の講談社が、そうそううかつなことをするとは思われない。とすると、ネットで批判の声が上がったと、過敏・安直に自主規制する講談社の体質に大きな危惧を感じる。
この無責任さが、その後の話を、無駄にややこしくしてしまっている。

本山秀樹氏は、講談社のこの写真を転載した各スポーツ紙や、それを閲覧可能にしている図書館が、講談社の自主規制に追従していないことを批判しているが、私はおかしいと思う。

国立国会図書館は「児童ポルノを閲覧禁止にするのは、裁判で確定した場合か、係争中のものに限る」としているそうで、親方日の丸を嫌う私でも腐っても鯛というか誠に正しく文句のつけようがない。本山秀樹氏がこれを持って図書館側の動きがにぶいというのが、天下の朝日新聞の記者の考えかと、その幼稚さに驚きを禁じ得ない。いくら児童ポルノ撲滅に燃えているとしても、言論の側に立つ人間として偏向思想に過ぎる。

ただ、私としても、本山秀樹氏を批判するに、自信を持てない点はあって、それは最後の「巻き込まれた子どもの人権は、今もなおざりにされたままだ。」という点だ。この辺が良く判らない。写真の子供の年齢を把握していないのだが、人権侵害の訴え能力がないと見なせる年齢なのだろう。とすれば、子どもらに親権者などがいれば、その親権者らの児童虐待容疑にもつながる。そうでなければ、本山秀樹氏の考えは矛盾するだろう。

講談社の自主規制が、相当に問題なのは、それが、講談社が、子どもたちの親権者の児童虐待容疑を認めたことにもつながりかねない。子どもたちの親権者からの名誉棄損に発展しかねない、発展しても良い問題をはらんでいることだ。本山秀樹氏だって名誉棄損で訴えられ得る可能性がある。

やはり、安易な自主規制には、私刑・リンチを肯定する要素があり、名誉棄損の可能性があるのだ。本山秀樹氏の考えは、あまりにも幼稚だ。

記事で、ネット上の児童ポルノについては、大手プロバイダー各社などで情報を共有し、閲覧を自主規制する仕組みがある。だが、その対象は、警察庁や同庁の業務委託先から情報提供があったものに限るという。とある。

この辺が、私の記事、
どう思うニフティの青少年インターネット環境整備法に対応
に関連する。
警察庁の業務委託先と言うのが、青少年保護機関、人権擁護機関なのかとも思う。この両機関、依然として実体が良く判らない。

私と本山秀樹氏が真逆なのは、私は警察庁ですら譲歩して法治国家なのだから、やむなく、それでも自分が正しければ弁護士を探して法廷闘争を辞さないとしているのに、その上で同庁の業務委託先などやだなぁ心配だなぁと思っているのに、本山秀樹氏は、それすら物足りなくて、当局依存でだらしがない、自主規制をどんどんやれなのである。

不幸中の幸いか、AKBの写真問題に関しては警察庁当局は今のところ冷静・、良識があるように思われるので、やはり問題は講談社の自主規制の無責任さにありそうだ。

本山秀樹氏の考えはとても危ないと思うのである。

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2013年1月21日 (月)

どう思う ニフティの青少年インターネット環境整備法に対応

ニフティからメールでお知らせが来た。

青少年インターネット環境整備法に対応した、LaCoocan(ラクーカ ン)利用規約の変更に関してだ。

青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律第2条第3項に定める「青少年有害情報」または法令に違反しもしくは違反するおそれのある情報をホームページ等に掲載した場合においては、ニフティは、青少年保護機関、人権擁護機関および警察その他の取締機関に対して、当該ユーザーがニフティに登録した連絡先メールアドレスを開示することがあります。

とある。穂影は、好んで有害情報など流すつもりは無いし、違法行為をするつもりもないから、基本的には異論はない。警察に連絡先メールアドレスを開示することにも文句はない。もし国家権力の横暴があれば、いざとなれば、仲間に協力してもらい、堂々闘い、逆に損害賠償も国家に請求する。しかし、青少年保護機関、人権擁護機関とかは一体何なんだろううか? 穂影は基本的には、こんな名称がついている機関と、相性はそんな悪くはないつもりだが、ニフティには、安易に圧力団体に屈している訳では無いという、ユーザーに対する説明責任があろうかと思うのである。

青少年保護機関、人権擁護機関と言えば、警察のように法に基づいた権力で連絡先メールアドレス開示を要求できる権限を持った機関なのだろうか?そもそも、これらの機関に属している人間は全て守秘義務など相応の責任を負った国家公務員なのだろうか?

青少年保護機関、人権擁護機関と言えば、そうであるかないか、自明だと言う訳でもないだろう、ニフティには説明責任があると思うのである。青少年保護機関、人権擁護機関の中に、単なる特定の信条を持った民間人が混じっていたら、そんな人達に、大切な秘匿しているメールアドレスが見られてしまうリスクは冒せない。穂影は有害情報を流さないように留意してはいるが、法に基づかない単なる民間人の信条とは認識の差、齟齬がある可能性があるからだ。こうなると、ニフティは、安直に特定任意の圧力団体に屈して、ユーザーを売っていることにもなりかねない。ニフティには十分な説明を求めたいところである。

実際、このブログでもテレビ局などの表現の自主規制は、不健康、邪悪だと議論もしている。その背後には、視聴者全般多数の圧力もあろうが、青少年保護機関、人権擁護機関的な団体の圧力も想像してしまうところである。

ニフティはインターネットを普及させるに一役かった企業の雄として、あまりにも腑抜けた、だらしない対応ではないかとの疑念が残る。是非とも納得できる説明が欲しい。

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2012年9月14日 (金)

世の中 日記 9月11日~13日 見えて来た原発の米国の影

2012年9月11日(火)

日経朝刊を読んで小さい記事だが気にとめていた記事、記事一覧で見落としていた。
岩手など3県 クマ肉を出荷停止
クマに蓄積されている放射能というのは、ある意味、環境指標だなと思った。
現在の福島第一原発は、さらなる巨大過酷事故を起こす高いポテンシャルを持った極めて危険な状態にあると思われる。そうなった場合の過酷な環境汚染になった時の推定材料になるだろう。

これから日経夕刊をざっと読む。(14時39分)

●日経夕刊

核のゴミ、暫定保管を 「数万年埋設」を転換 日本学術会議、数十~数百年を提言
これまで日経は、青森県六ヶ所村の再処理工場の存在、核燃料リサイクルを否定すると、使用済み核燃料の捨て場がなくなるから、困る。すなわち、青森県六ヶ所村の再処理工場の存在、核燃料リサイクルでそれが解決するような記事を書いていたが、この記事で、それを改めた感じはする。日経がこれまで無知でそう書いていたのか、国民は愚かで、この程度で誤魔化せると思っていたのかは、明らかではない。この辺、では朝日新聞は立派かというと、どうもそうではない。ほんとらしいところとすれば、判っていない、政治家の愚かさに、遠慮憐憫して配慮と言ったところか。政治家の愚かさぶりは、科学の専門家でないからと言う言い訳で済むレベレではない。
記事では、再処理後に出る高レベル放射性廃棄物も、直接処分にしようとかの使用済み核燃料にしても、最終処分地の選定は難航すなわち決まっていないと記している。決まっていないことを難航というのは、仮に再処理工場の存在、核燃料リサイクルがあってもトイレの無いマンションをつくったという杜撰きわまりない、見切り発車の原子力技術であったことをソフィスケートしているに過ぎない。この記事では姑息なアリバイづくりとも疑われる若干の反省が伺えるが、まだその隠ぺい体質は言葉使いに片りんが残る。
記事では、原子力委員会が2010年9月に処分地選定が進まない件、科学者の代表機関である日本学術会議に分析を依頼、3.11を踏まえて同会議が抜本的見直しをして提言し、この記事に至っているとするが、私は改めて同会議を批判する必要はあると思う。

オスプレイのこと
ツイッターでも、このところ朝日新聞でも日経新聞でも記事になっているが、私は触れていない。原発や東日本大震災については触れているのに、何故かと言うと、私が沖縄にいないという身勝手だからである。それをわきまえた上で、近いうちに書かなければと思っている。

2012年9月12日(水)

●朝日新聞デジタル朝刊

原発のごみ「最終処分撤回を」 学術会議提言
記事では、<高レベル放射性廃棄物>を、原発から出る「使用済み核燃料」を再処理してプルトニウムを取り出した後に出る廃液。強い放射線を放ち、人が近づくと数十秒で死に至ると解説されている。
予備知識として「プルトニウム 高速増殖炉 プルサーマル MOX」でネット検索などすると良いかも知れない。結局のところ核燃料リサイクルと言っても、まさにトイレのないマンションであって、杜撰極まりない原子力行政であったことが明らかになる。

「エネルギー大政翼賛会」 <原発とメディア:233>
戦前、時事新報ドイツ特派員などを経て大政翼賛会の創立にかかわり、翼賛政治会の事務局長になった橋本清之介が正力に原子力の知識を伝授し、日本原子力産業会議の事務局長、日本原子力文化振興財団の常任理事になったことが記されている。「財閥」は戦後、解体されれたものの虎視眈眈と復活を狙い、原子炉がその促進剤とされたことを伝える。田原総一郎の「生存への契約 ドキュメント東京電力」で橋本は、日本原子力界の陰のプロデューサーと評されていることを記す。

2012年9月13日(木)

今だ新聞を読むことに期待してるのだが、記事を追って感想するのは疲れる。記事に触発されて感想するのだから、正確を期す為にも、記事を読みながら書きたい。この点、日経なら電子版が便利なのだが、朝日新聞デジタルは、むしろストレスになるようだ。日経と違ってデジタルが読みにくいから紙の新聞を頼って読んでも、今度はデジタルの方が紙に対して一致性が中途半端だからだ。なのに、記事の傾向は、もともと日経はそんなには好きではないので、これが余計ストレスになる。感想するに良い記事は、逃したくたくないという脅迫観念が強いと神経衰弱にもなりかねないので、そこそこにしておこう。感想するに良い記事を、逃したからといってさほど気にとめる必要はない。新聞はそれほどのものではないという気持ちが必要だ。

記事のスクラップというのは、紙であっても電子であっても、私にはたいして意味はない。こうしてブログに記事を感想してこそ意味があるので、スクラップだけしていても貯まる一方なだけだ。電子の記事スクラップ機能は容量に限りがあるので、その整理にストレスがかかるだけだ。確かあんな記事があったんだけどなぁとか思うこともあるのだが、あきらめが肝心である。

記事のスクラップというのは、自分や家族や大切な知人に関する記事があったときにするものかと思う。私を含めて、大抵の人間にとっては、たくさんにはならないものだ。

朝日新聞夕刊:(ニッポン人脈記)石をうがつ:9 技術は何をもたらすか
日立で原子炉の設計に携わっていて、その後は原発の危険性を警告し続けている田中三彦氏、原発の問題を見極めるつもりで原発メーカーに入り、その後、柴田宏行のペンネームで論文を書いた後藤政志氏を紹介している。田中氏、後藤氏らはグループをつくり、執筆活動を続けているとある。

この記事、今、PCの傍らのiPadで表示させ、このブログをPCで書いている。
昨日、紙の夕刊を読んでいて、感想したいと思ったが、iPadアプリで捜したが見つからなかった。この点、日経電子版なら、紙の新聞の完全ヴューアーがあって紙の新聞が不要なのでこのようなことはない。ではどうやって、この記事をiPadに表示させているかと言うと、紙の古新聞を引っ張りだして、表題を調べて、アプリの検索でアップさせている訳だ。もし紙の新聞を読む機会がなかったら、デジタルのみでこの記事に出会うのは難しい。紙で存在を知っていたとしても、記憶力が悪いと、紙の新聞を捨ててしまったら探すのは難しい。使えないデジタルである。日経新聞はそんなに好きではないので、電子版のあり方が、日経と朝日で逆だったら良かったのにと思う。
こんなことでストレスを感じていても仕方がないので、朝日のデジタルには期待しないで、紙の新聞で感想したい記事があっても、あきらめて使うしかない。

●朝日新聞デジタル朝刊

原発ゼロ「30年代」明記 核燃見直し先送り 政権原案
日本のエネルギー政策の見直しには米国も関心を寄せている。日本が原発ゼロを打ち出せば、日本企業と提携する米国の原子力産業や日米の原子力技術の協力に影響しかねないという理由からだ。首相は12日、検討状況を説明するため、長島昭久首相補佐官と大串博志内閣府政務官をワシントンに派遣した。米国側の反応によっては、政策の修正を迫られる可能性がある。>日本のエネルギー政策の見直しには米国も関心というのは、西側核弾頭更新の為の核鉱物採掘供給網市場維持の為だ。

放射能破棄物「引き取りを」 英仏、日本政府に要請
英仏にとって日本はMPX燃料の得意先でもあり、原発ゼロんあればビジネス面でも痛手になる。また放射性廃棄物を一時的に引き受ける必要性も生じる。

核燃料サイクル、定まらぬ行方 宙に浮く 「原発廃棄物」
青森県は危険な破棄物を再処理の約束違いで押し付けられるの恐れている。地元への恩恵が失われることへの懸念も大きい。ほかの誘致産業では考えられないレベル。すでに県は再生可能エネルギーの基地だ。風力発電は地元企業への恩恵が少ないなど課題も知っている。内閣府幹部は「これまでは再処理するから最終処分場は急がなくていいことにしてきたが、こうなると必要になる」。内閣府原子力委員会によると、青森県が使用済み核燃料を各原発に返せば、全国の原発の使用済み核燃料の貯蔵プールはほぼ満杯になり、3年でほとんどの原発を止めなければならなくなる。原発の廃棄物問題は待ったなしの状態に追い込まれている。

原価から除外〈原発とメディア:234〉
学習院大特別客員教授の八田達夫が疑問の声 電気料金の算定の元になる原価に広告費を認めるべきではない、と主張 少なくとも朝日新聞の経営では編集と広告が切り離されており 経産省は、今年3月、家庭向け料金を値上げする際の新ルールで、必要不可欠なものを除き、イメージ広告やオール電化のPR目的のものは原価に認めない  他社も今後、広告費を減らしていくのは必至

リトアニア、電力確保で脱ロシア依存 日本から原発輸入
リトアニアに、日本から原発が輸出される 「ロシアからのエネルギーの独立」をはかりたい政府に対し、野党は不要論を展開 総選挙と国民投票が10月にある。街は原発と政治に揺れ続ける。新原発に反対する理由は、安全性への疑念と、経済的負担の大きさだ。バイオマス発電を増やす方が、雇用を促進し経済的メリットも大きいと主張する。新原発を建ててもロシアからのエネルギー独立にはつながらないと指摘 最近の世論調査では5割弱が原発反対の情勢 日立製作所は3月に事業権付与契約に署名、6月にリトアニア国会が賛成多数で承認した。エストニアやラトビア、米企業のゼネラル・エレクトリック(GE)とも連携して建設を進める
>リトアニアの脱原発を支援して欲しい。日本の脱原発の声を届けて欲しい。グリーンピースなどにも期待したい。

12日You刊〈経済気象台〉日本経済のかたちを問え
日本でも、保護か競争か、既得権益か新興勢力か、中央集権か地方分権か、国内重視かグローバル化か、政府依存か民間自立かといった経済運営の根幹となるビジョン、すなわち「日本経済のかたち」が問われるべきだろう。今回の総選挙は、日本が沈む前にそれを国民に問う最後のチャンスかもしれない。(山人)

●日経朝刊夕刊

節電、30年に10%以上 革新的エネルギー・環境戦略 家庭・企業にも努力目標
>毎度のことだが、電力会社の売り上げ減を達成した場合、電力会社は均衡縮小・リストラするのだろうか? それとも単価を上げて来るのだろうか?
GDP/消費電力量 GDP/消費電力料金 を下げる目標とかあるのだろうか? 私は原子力は下げることに貢献しないからいらない論者だ。

「日本、原発ゼロ再考を」 米CSIS所長が寄稿 核不拡散へ貢献責務
 米戦略国際問題研究所(CSIS)のジョン・ハムレ所長は12日、日本政府が「2030年代に原発稼働ゼロを可能とする」ことを目指すエネルギー戦略策定に動いていることを受けて日本経済新聞に寄稿し、戦略の再考を促した。米国の懸念の強さを浮き彫りにした。先週、野田佳彦首相は日本のエネルギー源として原子力を放棄したい考えを示した。原子力は日本の驚異的な経済成長にとって、必要欠くべからざる構成要素だったのである。国家安全保障上の観点からも日本は「原子力国家」であり続ける必要がある。世界で最高の原発利用者として、日本は中国など他の国に対して、同じ(レベルの)対応を求めていくことが重要だ。日本が原子力国家であり続けなければならないことはわかるはずだ。強固な規制権限の基盤をつくり、安全な操業を確かなものとし、かつ日本国民の信頼を取り戻すことだ。それはまだ、可能なはずだ。
>米国内で維持し難いものを日本に押し付けてくる。唯一の戦争被曝国にだ。西側核戦略の為に、韓国と共に犠牲になれ、そのものだ。これほど屈辱的なことがあろうか? 気付かない米国市民に知らしめたいが、沖縄同様、正義ぶる米国民市民の本音が恐ろしくもある。

反原発機運、米に波及警戒
米原子力政策とも深く絡む。今年2月、米政府は34年ぶりの原発建設・運転計画を承認。そこには東芝傘下の米原子力大手ウエスチングハウスの軽水炉が採用され、日本の技術が米原発を支える構図がある。ハムレ氏が原発維持を「日本の責務」と断言した背景には、こうした問題意識と警戒感が込められている。

東芝、「火力発電」納期15%短く 工程見直し、コスト減で競争力
火力発電は電力不足の新興国に加え、日本でも原子力発電の代替手段として需要が増えている。中国・韓国勢が低価格で攻勢を強めるなか、東芝は納期短縮で受注を伸ばす狙いだ。納期が1割短くなると、全体の事業コストが5~10%下がるとみられ、価格競争力を高められる。3次元CADに「工事の物量管理」「工程計画」「人員計画」を反映させたシステムも導入する。作業をより効率よく進められるシステムで、原子力発電プロジェクトでは導入済みのシステムを火力分野にも応用する。
>CO2削減も頑張って、排出権なども手にしたい。東芝も原発など放棄して欲しいところだ。抜け目ない守銭奴と言うべき商魂。

ユニチカ、数年後の放射線量予測 除染判断などに生かす
 ユニチカは東京電力福島第1原子力発電所の事故による放射性物質が広がった地域で、将来予測も含めて放射線量を計測する事業を始めた。ユニチカはナイロン生産工程に必要な放射線取扱主任者の資格保有者を社内に抱え、被災地では線量の測定実績もある。
ネット大手、震災直後の情報提供 減災へ産官学連携 防災商品開発などに活用
グーグル日本法人(東京・港)など8社は12日、震災直後のネット上の投稿や地域ごとの検索キーワードなどをデータベース(DB)化し、研究者らへの提供を開始。ヤフーもソーシャルメディアを活用した避難訓練を企画するなど、すそ野が広がっている。
>復興予算がらみになっていないだろうか? 法外な外注費になっていないだろうか? 本当に被災地の為になるように役立つだろうか?そんなことが気になる。

大機小機 エネルギー政策、決定手法の疑問
政府は、世論調査やパブリックコメントなどを通じて国民の意見を聞きながら、2030年における原子力発電依存度を決めようとしている。しかし、これには次のような疑問もある。専門的な見地から、現時点での指針を決めておき、これを弾力的に見直していくようにすべきではないだろうか。
>原発擁護の日経らしい。自信満々だった世論調査やパブリックコメントが裏目に出てあわてているようだ。

米エネルギー省副長官「日本の原発ゼロに懸念」 民主・前原氏に伝達
訪米中の民主党の前原誠司政調会長は12日、ワシントンで記者会見し、前日に米エネルギー省のポネマン副長官と会談。副長官は「エネルギーの問題は日本が決めることだ」としつつも「さまざまな懸念がある。日本が『原発ゼロ』を目指すと決めた場合、負の影響を最小化してほしい」と求めた。

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2011年11月16日 (水)

脱原発に一票でツッイって、江川紹子さんについて思ったこと

脱原発に一票でツッイって、江川紹子さんについて思ったこと

私がツイッターで、江川昭子さんだと思っている人なのだろうか、 彼女のことを上から目線とか、我々を愚弄しているとの意見があったとして、私の心の中の江川さんだと、自分が世論の一部だと、そう感じることあるかも知れないと思った。
心の中の江川さんは、オーム狂と戦い始めた弁護士関係の時から、警察・司直・世論が協力的でないときから逆境でオームの天敵だった人。サリンがらみでマスコミ、世論の一部が冤罪を作ってしまったときも、距離を置いてた人。
様々な人の人権を考えて活動する上で、オームの天敵だったのに、もしかしたらサリン被害者からも、マスコミ、世論の一部からもひどいパッシングを受けていたかもしれない人だ。
そんな私の心の中の江川さんだと、世論の一部である私に、上から目線だとか、愚弄しているのではないかと、感じさせられても、必ずしも、他の人から、そう感じさせられるのとは、どうしても別の反応になる。そう感じるのが、間違いか錯覚のようにも思うし、そこから学ぶことも多いかと思うのだ。
そして、今のところ、ツイッターでそう思っている江川さんからも、心の中の江川さんからも、脱原発への願いがぐらつくような影響は受けていない。ぐらつくとすれば、私の心の中にあるものが原因であり進歩でなく退行であろう。

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2011年11月 3日 (木)

新聞を読みましょう? Twitterは危険? 反原発デモ報道 再臨界

新聞を読みましょう的な、キャンペーンが、読んでいる新聞に、たまにというか、ちょくちょくというか目にする。

やっぱ、信用できるのは、新聞・テレビニュースとかの、アンケート結果も頻繁に紹介される。

私も、おおむねそうとは思う、話半分的にも、そうかなとは思う。

でも、最近の新聞はというより、昔から新聞は、十分には信用しすぎても良くない、限界があるのを、もっと知っておくべきだったと思う。新聞は悪さ加減を低減、是正することにおいて、全く進歩していない、進化していない。

国民の新聞離れは、国民の退化でもあり、進化、改善でもあるかも知れない。半々なんじゃないだろうか?

だから、新聞を学校教材になんてのも、紙面がアッピールしていると、説明的な文章とは何かはともかくとして、一歩間違えれば、一種の偏向教育にも、なりかねない懸念がある。

新聞は教養であるなんて言うのも、傲慢と言えば傲慢とも言える。教養というものは、そうとも限らない。

新聞が反体制をよそっても、その新聞もまた、体制を志向している。体制擁護は真実の敵である可能性は常に小さくはない。資本に逆らえきれない官に逆らえ切れない広告主に逆らえ切れない体制側である。反体制のふりの姿勢は、情報操作のポーズだ。人気キャスターも、著名・評論家・学識者もみんなそうだ。

グーグルもググル結果として、Twitterの表示をやめているかと思う。私はそれは苦情の結果だとも想像する。Twitterはネットをやっていれば誰でもアカウントを得、手軽に検索できるので、ググル結果にそれを出すのは無駄だだし、グーグルが使いにくくなるだけだったんだと思う。

しょせん、つぶやき。ある特定の話題に、どんなつぶやきがあるのかというは興味深い結果、参考ではあるが、参考にする考えとしては、たとえ匿名ではあっても、多少の労を費やして書かれている、サイトやブログの主の記事の方が、私はより価値があると思う。

しかし、新聞等の悪さ加減を補って、広める力がある、Twitterも認めて、より良く活用されるべきだ。自分なりに、それを模索してみたい。

心配なのは、Twitterはダメだということになり、ネットパラダイム全体が、十把一絡げに悪いとされ、サイト、ブログ文化がすたれてしまうことだ。

サイト、ブログにも危うさはある。みんなそれを学習できてきた面もある。Twitterには、それ以上のあやうさが秘められているようにも思うのである。みなが学習できるのは、これからだろう。上手く活用したい。

私はグーグルも進めようとしている、クラウド・コンピュター化が、ネットパダイムの敵である可能性を感じるのだが、それについてはまた。

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2011年9月10日 (土)

新聞記事の電子スクラップ ググること 新聞とネットの関係

新聞記事の電子スクラップ、熱心にやっていたり、やらなかったり、気まぐれで安定していない。

やりたかったらやる。やりたくなければしない。脅迫的にやり続けなければならないというのは、精神衛生上良くない。

ひとつ言えることは、やっていたほどには、その過去のスクラップをあまり利用していない。

スクラップなど、しない方が良いのかなぁーという気もしてくる。PCの前で、ググれる環境にあるのなら、ググれば良いのだ。わざわざ過去のスクラップを見て、ググル種を捜す必要もない。そんなことをしなくても、ググりたい気になることの方が重要な訳だ。

その方が、新聞に書いてある、寄稿されている、という狭い情報に縛られることも避けられて、ネットでより広い関連意見を収集することができる。

場合によっては、読んだ新聞他紙の報道や意見がヒットできる場合もある。

識者・オピニオン・リーダー達も新聞社等から寄稿を求められることばかり、待っていないで、ググってヒットして貰えるように、検索エンジンをブロックしていない非SNS的な、オープンなネット言論に積極的に参加してもらいたいものだ。

ひごろ、ある程度、新聞に眼を通している意義というのは、ググリたくなる自分の関心ごとを得る気かっけの、ひとつに過ぎないというのが、現代的に良きことかなと思う。新聞の意義とは、そのようなものかと思う。

今のところ、関連して、ググることは利用しているが、グーグルやMSのニュースサイトは、あまり、見ない結果になっている。やっぱ私は古典な紙面でスキャンするのが好きなのであろう。

だから、日経新聞電子版は、なじめても、朝日新聞デジタルは評価できないのである。

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2011年8月22日 (月)

日経・財界・産業界・経団連の脱原発?地球温暖化防止? 注視せよ

2011年8月22付け 日経新聞電子版の 「太陽光や風力を最大限伸ばし新産業」に という記事の電子スクラップを読んでいる。

日経新聞の論調は、日本の財界・産業界・経団連すなわち政官学の意向を受けて、反脱原発と感じているので、こうした記事があるのを知ると、少し安堵するような気もする。

ただし、本音は、原発維持・促進なんだけど、脱原発に乗じた、再生可能エネルギーも、財界・産業界・経団連らの商機と言えば商機、これに乗じてひともうけという腹も勘繰る。

どうせ、再生エネルギーなんて、たかが知れてる。でも、今は原発推進は難しい。なら、ほとぼりがさめて、原発推進再開ができるまでは、再生エネルギー推進に乗じるかと言ったところである。それまでの無理な再生エネルギーの推進、投資のリスクなんて、日本国民庶民の税金や国債などの借金が負担すれば良い訳だ。電力料金を高くして、日本国民庶民の家計に負担させれば良いわけだ。

その間、日本の財界・産業界・経団連は、この国民負担のリスクの小さい、ムダな再生エネルギー投資・生産で、稼いで富を築けるわけである。

日本の財界・産業界・経団連は、日本の高い電気代なんかを避けて、海外生産に逃げれば良い訳だ。

日本の財界・産業界・経団連は、こうして、日本国民庶民に苦労させながら、再生エネルギーで、楽にひともうけして、疲弊した国民が、また原子力は必要だーって根負けして言うのを待つ作戦かと勘繰る。

私は日経新聞、読売新聞だけが、こうした財界・産業界・経団連のたいこもちをやっているのではなくて、朝日新聞も毎日新聞も、マスコミ全てが、そうだろうとも疑っている。官学の権威もそうだろうと疑っている。

それでも、日本人の子供達の未来、人類の未来の為には、原発を否定することが絶対必要だ。そうでなければ明るい、安心の未来はないと考える国民にとっては、再生可能エネルギーの推進はやっておかねばならないとは思う。それは、苦しい楽ではない、リスクを伴う作業である。金儲けのチャンス、経済成長のチャンスではあってならないものでもあるのだ。

日本国民庶民にとっても、財界・産業界・経団連等にとっても、つらい厳しい、我慢の、再生エネルギー推進、必ずしも省エネならぬ、節電を、続けていくしかない。

そして、CO2排出権を外国から買うなど全くナンセンスであって、新興国にゆずるべき大CO2排出工業、重工業等は譲って、新しい、否もしかしたら旧(経済)先進国として、新しい産業構造を身につけて脱皮していく必要があるだろう。

今後、日本は貴重な電気を何に使っていくべきか、私はやはり国民教育だと思う。そしてそれは、スパコンでもなくて、インターネットで消費されることが優先である。そして教育にかかる金も、より多く、教師の給料、校舎の建設、スパコンに費やされるべきでもなくて、ローコストにインターネットの利用に費やされるべきである。日本の大人は、国の為に金は二の次で、子供達の教育の為、インターネットに良質のコンテンツを過剰提供する義務がある教育情報の価格破壊を起こしてそれを立国の基盤とする必要がある。

高等教育の情報提供が、財界・産業界・経団連等の広告費を基に、子供、青年達に無償で提供できる時代になるかもしれず、日本の等しく素質ある、可能性ある子供達と、財界・産業界・経団連等がウィン・ウィンの関係になるバラ色の未来がそこにある。それはネットの実現によって、はじめて可能となるものだ。

教育は産業ではない。産業の基礎である。

そして、教育、知恵、英知というのは、ほとんど、人間の脳裏にある言語・文字列そのものだ。もうすでにインターネットは、必要充分な完成域にある。これ以上の映像・動画配信などの発展など、相対的にはどうでも良いことだ。電気が不足したら、すなわちトラフィックを維持しがたくなったら、それらを削っていけば良い。

ペンは剣よりも強し。言語・文字列は何よりも強し。強い国とは、いかに多くの国民が、わけへだてなく、それを高度に駆使できるかということであり、いかに優れて、ムダなくそうした環境であるかということだ。日本が他国にせんじて、それにいち早く気付けば、いくらでも日本にはチャンスがある。

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2011年5月 1日 (日)

コンピューター パソコン PC の消費エネルギーについて

例として、ネットでDELLのInspiron570の公式?仕様を材料に考える。電源の仕様としては、ワット数 300W 最大熱消費 1574 BTU/時 定格出力電流 7/4 A と規されている。

その他、コンピュータ環境として、温度範囲 動作時 10~35℃ 保管時-40℃~65℃ と記されている。

1W=3.4 BTU/h とすると 1574 BTU/時=463 W となる。

PCケースの換気風量にスペックがない。

どうも、このパソコンに限らず、この手の情報が不足している。少なくとも、この代表的な換気風量かPCケースの排気温度のどちらかの情報が欲しいのだが不足している。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~ken-ishi/CPU-cooling.htm

を参考に、一般的にはと、換気回数を6回/分=360回/hと仮定してみて

外形寸法 176×440×375mm から風量は 1㎥/h 程度とし、室温を21 ℃ 排気温度をT ℃として

463 (w)=0.34×1(㎥/h)×(T-21) で計算すると

T=1383 ℃ となってしまうので、この仮定風量はオーダーからしてそぐわない。

http://pcconsidering.seesaa.net/article/194166000.html

を参考にすると 風量は 120~150 CFM すなわち 200~250㎥/hぐらいだろうか。

これだと、T=28~26 ℃ ぐらいであろうか。室温より、7~5 ℃の温度上昇である。

スペックでは室温35℃も動作範囲である。排気温は42℃~40℃程度となる。本当に室温35℃でも快適に動いてくれるだろうか?

200~250㎥/hの35℃の外気を21℃にまでヒートポンプのクーラで冷やすとして、COPが4だとすると、240~300 w ぐらいの消費エネルギーになる。

ここで何が言いたいのか、もしパソコンが満足のいく働きをするのに室温が21℃である必要があるのなら、このパソコンの消費電力は冬は463Wかもしれないが、夏はヒートポンプクーラの負荷も考えると実質763Wかも知れないということである。

私は、室温21℃でも室温35℃でも、消費電力を含めて、同じパフォーマンスであるパソコンの存在は信じられない。

しかし、そうであったとしても、室温35℃でも、最低我慢できる一般的な現代的な動作をしてくれるパソコンが、リーゾナルブルな価格ならば、素晴らしいパソコンと言えるだろう。つかう人間が汗だくになっても、パソコンを使って良い仕事ができるならばである。人間は機械とは違う。暑い環境でも気合いで乗り越えられることもある。

湯川秀樹だって暑い京都の夏を、福沢諭吉、勝海舟だってクーラーのない日本の暑い夏を乗り切っていたのだ。

省エネに貢献できるパソコンとは、このようなものでもある。ヒートポンプ経由でない排熱温度が60℃、100℃で、満足のいくパフォーマンスのコンピュータができれば、その排熱を給湯や、吸収式冷凍機の熱源に利用することだってできるかも知れない。

現在のパソコンのCPUは、フル稼働のとき、室温が21℃でも、その表面温度は60℃以上とか、かなり高いと聞く。ある意味素晴らしい。CPUの表面温度が100℃以上でも平気なら、外気温26℃、35℃の程度の差など、ゆくゆくは本質的な問題ではない。室温35℃、40℃で、現代の標準的なパフォーマンスを発揮できないパソコンだとしたら、CPUの性能を生かし切れていない、PCケース内の気流コントール設計の技術開発がない怠惰なダメパソコンと言って良いと思う。

省エネが叫ばれる今、コンピュータの性能表示の規格にも、問題ありではないだろうか? 通産省や関連学識者の怠惰を感ずる。

スーパコンピュ-ターで、どんなに演算速度を誇っても、液体窒素や、ヒートポンプ、クーリングタワーで冷やしまくなって平気なら、そんな開発には意味はない。金の無駄遣いだ。

私は、グーグルはそんな日本のスパーコンピュターやデータセンターの将来は眼中にないと思う。砂漠やアラスカ、シベリアにころがしたタフな無数のサーバーコンテナがとりあえずの視野だと想像する。その方が壊滅的なダウンの可能性もローコストに低くできる。基本的な暗号化技術があれば、むしろこのほうがセキュリティも高くなる。どこにアクセスすれば、まとまった盗むべき情報があるか?、そんなものはないからだ。どこに情報があるか? それは欲のないコントーロールされたネット上でしか機能しない機械しか知らないからだ。一台のアラスカやサバンナにころがったサーバコンテナの一つを略奪して中身を分析しても、ほんど何ひとつ知ることはできないからだ。

それなら、稼働率の高くない、今いったようなパソコンをネットでつないだグリッドコンピュータ化によるスーパーコンピューターの方が日本の為には優れている。

日本の夏の電力不足が懸念される。私はネットパソコンには、日本の為、日本の将来の為にも、他の事よりも貴重な電気を使うだけの価値があると信じている。人間が夏、部屋の中で、クーラを切って汗だくになっても、その人間に使われる、そこそこ動く、パソコンが日本を救うと信じる。

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2011年3月28日 (月)

キンドル3 青P PDF MobikePoketCreater 英辞郎 節電

購入したキンドル3. 日本では、なかなか進まない電子書籍。

であきらめて、苦手な英文に日本語から切り替えた穂影。しかしあらためて電子書籍では、キンドルのような、リーダーディバイスが重要だと痛感する。電子書籍は、もし出版が充実しても、PC頼り、特にデスクトップでは、発展しないだろう。キンドルやiPod,スーマトフォンのようなリーダーディバイスが不可欠だ。

あきらめて英文を読む力を養しなおうと思ったのだが、青空文庫がキンドルで思いの他読みやすくて、昔の日本語の小説など読みふけりそうだ。(汗、汗) これで文系の力をつけて、理系返上、文系になろうかしらん(笑い)

誰かネットのページでも指摘していたが、こうした、リーダーディバイスでは、紙の出版物の、 版組というのだろうか、紙面レイアウトは、通用しない。PCのモニターでの、レイアウトは、まだ紙のレイアウトに近い。こういっては乱暴だが、小説などの、図表が必要ない文字だけの書籍では、レイアウトなど、どうでも良い。キンドルの素晴らしさは、文字の大きさが簡単にその場で変えられることにある。歳をとったらそれなりに、自分で読みやすい文字の大きさにできることは、大きなアドバンテージだ。(この為、本をさかなに話をするとき、・・・の何ページ目というのは、通用しない。何%のあたりに書いてあるという、言い方になってしまう(笑い))

キンドル3はPDFも読めるのだが、画面が小さすぎてこれは使い物にならないと思ってよそうさそうだ。

PDFをキンドル3で読むには、例えばMobipoketCreaterのソフトが必須だろう。ただし、そのPDFが文字のコピーペーストが可能な状態の、透明化PDFという言うのだろうか、そのようなPDFである必要がある。そのような文字主体のPDFなら、MobipoketCreaterを使ってキンドル3で、問題なく読める感触を得た。しかも、日本語英文混じりのソースでも、英文部分で、キンドル用の英辞郎が使えてしまうのだ。英文オンリーのPDFなら勿論だ。

ただし、そのようなPDFでも、表や図表が、凝っているとbipoketCreaterで変換すると、その部分がおかしくなるようだ。理系のPDFは図表が多いので、結構不都合である。具体的に言うと、図表はjpgのように画像データなっている方が良さそうだ。もともと、PDFの中にjpgとかではめ込まれいた図は、キンドル3で結構良く読めた。表や図の中の文字が、コピーペースできるような、透明化文字だとかえってで読みやすいように変換できないようだ。文字が変換できないというより、本文とその文字がゴチャゴチャになり、かつ、文字でない図部分(ベクトル図形オブジェクト?)が表示できない。現在、これが私の課題になっている。うまくいくかどうか判らないが、いきなりPDF to Data Professional 2 がうまく使えるか試そうと思っている。例えばこれで pdf→ワード→pdf→(MobipoketCreater)→キンドル3でできないかと思っている。いづれにせよ、面倒な場合が多々あるということだ。

透明化PDFは歓迎するにしても、キンドルやMbipoketCreaterの為には、凝っているPDFの悪口のようになってしまったが、ハイーパーリンクが生きているPDFをMbipoketCreaterで変換しても、キンドルでそれが生きていいることは、英辞郎が使えるとともに、感動であった。

そう、これからは、旧態の版組より、ハイパーリンク、ハイパーテキストなのだ。キンドル3で、文字だけで、ロールプレーイング小説だって書けるのだ。

自分で、キンドル3で読むことを考えた、原稿を作成する場合は、図表や数式は、画像データにしておこうと思う。それでワード→pdf→(MobipoketCreater)→キンドル3となる算段だ。ハイパーリンクも活用したい。

キンドル3で読書している時間を長くして、PCの電源を入れている時間を短くすることで、節電しようかと思っている。

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2011年3月16日 (水)

放射能大気汚染と健康被害

これから書くことは素人判断で間違っている可能性大です。

世の中を不安がらせることが目的ではありません。

正してもらえることを期待します。

通常の観測値は、0.05マイクロシーベルト/時だそうです。

観測値が、年間平均で、2~4マイクロシーベルト/時で1年間続くと、年間のひばく量が、100ミリシーベルト近くになって白血病やガンの発症が急激に増えるのではないかと考えます。

通常の観測値が、0.05マイクロシーベルト/時というのは

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011031601141

から逆算 あるいはhttp://www.geocities.co.jp/Technopolis/2754/97housya.htm

などを参考。

白血病やガンの発症については

http://www.nuketext.org/topics3.html#international

を参考。

通常の被ばく量は、2.42ミリシーベルト/年、そのうち呼気によるものは、1.26ミリシーベルト/年 というのをhttp://www.env.pref.kagoshima.jp/houshasen/kouhou/k06.html#

から参考にしました。これらの情報が比例関係にあるとするのが根拠です。2.42ミリシーベルト/年と観測値0.05マイクロシーベルト/時は全然対応していないと言われればそれまでですが。

                                                 2011年11月3月16日

PS. 2011年3月26日

この件で思うことがある。

>白血病やガンの発症が急激に増えるのではないか

と書いた。もともと、こうした病気は、他の病気、疾患と較べて、特に発症率が高い訳ではない。少なくとも人間,日本人の種としての存続を脅かすほどのものではない。ただ、比較的、致死率が高い疾患であり、ひとりひとりの人の命はとても大切だから、そう考えることが、きわめて社会的である、だから人間である我々だから、発症率が高くなることは大きな問題かと思う。

穂影は、今でもヘビースモカーである。しかし、どんどん喫煙しにくくなっている。その社会的背景にはこれがある。喫煙で寿命を縮めることは、自己責任ではあるが、ふくりゅう煙を考えると社会にたてもつけない。それでも、喫煙が麻薬扱いにならない限り、吸えるところでは、肺ガンになりやすいと判っていてもヘビースモカーでいつ続けるであろう。

ふくりゅう煙については、白血病やガンの発症が急激に増える と言い続けられて、我々ヘビースモカーはおとなしく無抵抗でしか、いられらなかった。穂影は別にそれは文句はない、みなの幸せの為なのだから、社会の合意なのだから。

喫煙は個人のとるに足らない、嗜好なのだから、原子力でたくさん電気を欲しがる、たくさんの国民相手に金を稼ぐこととは同じではない。ふくりゅう煙を拒否する人でも、たくさんの電気は必要なのだから。電気は病院にも必要なのだから。だから後者は、潜在的には、ふくりゅう煙より、ずっと、白血病やガンの発症が急激に増えることは、容認されて良いのかと思う。

やくに立つ電気を供給している、原子力でもないのに、ふくりゅう煙などでガンなどになったら、たまったものではない。それはそうだ。

我々、喫煙者はおとなしく、しているべきだ。

穂影は福島の現場の自衛隊員、消防士、または薄給の東電の重層下請業者の職員の、危険をかえりみない、英雄的、献身的な人々の努力によって、潜在的な喫煙の害より、はるかに小さい害で、事態は納まると信じている。

しかし、あれほど危険だと言われた喫煙の害はそのままに、あの被災、事故が起きてから、放射能の害の許容レベルはどんどん上がっている。

テレビなどでは、専門識者が、放射能の害の許容レベルをどんどん上げながら、心配ないと言っている。

もし彼らが、自分達の見解、言動が、世の中のパニックを防止する為に役だっているつもりなら、見ていて、聞いていて、正直、不愉快だ。

我々が、落ち着いていられるのは、ただただ、現場で、大勢の自衛隊員、消防士、または薄給の東電の重層下請業者の職員の方々が、危険をかえりみないで、英雄的、献身的な努力を、し続けていてくれているからだ。これで、パニックになったら、彼らに対して、あまりにも人間として恥ずかしいではないか。

ただそれだけだ。日本人はみなそう思っていると思う。

専門識者は良く心して欲しい。TVでコメントするときは、最後につけ加えることが、必ずあるはずだ。恥じて欲しい。

あれほど危険、危険と言われた喫煙である。ヘビースモーカーの穂影は、放射能など、少しも恐くない。

大勢の自衛隊員、消防士、または薄給の東電の重層下請業者の職員の方々の、危険をかえりみない英雄的、献身的な努力を信じる。

専門識者の言動のおかげでは決してない。

パニックになるこを恥じよ

日本人ほど、これを理解する人種はいない。

日本人は、こころが、クールビューティーなのだ。

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