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2013年1月6日 - 2013年1月12日

2013年1月11日 (金)

ビッグデータ競争元年に思う ロングテールの中にいろ 日経の広告を見て思う

日経新聞の電子版を紙面ビュアーで読んでいて、ハーバードビジネスレビューというマネジメント誌の広告で、ビッグデータ競争元年というのが目にとまった。

何事も過ぎたるはおよばざるがごとしと言うか、過去に、何でもかんでもマーケティングと言って、役に立つ面を否定しないものの、それで全てがクリアーになる訳でもないことは、多くの人間が学習したところだろう。

ビッグデータ競争もその類かとも思う、すなわち、例によって、さほどのことはないよという気持ちと、別のところで危惧を感じるのは私だけではないだろう。

というのは、ここには、そのアイデアの卓越性・優劣以前に、寡占化、生データの独占化、個人のプライバシーの侵害という、悪夢のような暗黒の世界の広がりを見るからだ。そのことに気付いている人も少なくないと思われる。

もうひとつの危惧は、この広告にもあるように、データ・サイエンスティストほど素敵な仕事はない、といううたい文句だ。若い才能を呼びこむに、そこが新たらしい非創造的な分野に、いとも簡単に堕落して、創造的文化の可能性が衰退していく種となっていくように思えるのだ。

いろんな意味で、このビッグデータ競争の潮流から身を守っていくことに備えておくべきだろう。それは、ビッグデータ競争に溺れていく者を勝者などにしない営みの積み重ねでもある。

ビッグデータ競争が注目されるより前に、ロングテールと言うのが、はやった。古来より良質なものは、へんてこなものと同様にロングテールであることは皆知っている。人間には様々な水準があるからだ。文化・文明とは先覚者とも言うがロングテールがひぱって来たとも言える。メジャーはのろのろとロングテールの後を追って行くのだ。

ビッグデータ競争というのは明らかに、インターネットなどのITの発達と不可分なのだが、ロングテールが過去に増して注目されたのもまた、インターネットなどのITの発達がある。私はビッグデータ競争よりロングテールとインターネット文化の方に、有意義な未来のパラダイムがあると思う。

ひとりひとりが、良きロングテールであろうとすること、すなわち自己の個性を生かさんとするとき、所詮ビッグデータ競争がもたらすものなど三流、二流ではないかと予感するのである。であるからして、人類の進歩の可能性としてビッグデータ競争にかまけることなど、相当に無駄な足踏みではないかと思うのである。

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2013年1月10日 (木)

中国で日本のコメ生産 クボタ、支援事業検討 種もみ輸出、農機も販売

朝日新聞の、中国で日本のコメ生産 クボタ、支援事業検討 種もみ輸出、農機も販売 という記事

クボタがやることだから、農機具の中国への販売を期待してのことだ。

記事では、現地で種もみのコピーがつくられ、安価な日本米として逆輸入されれば、国内のコメ農家が打撃を受ける可能性もあるとしている。

朝日新聞は、TPP推進基調かと思う。ここに、間違った社会主義的世界革命的な単純な思考回路を私は見てしまうし、所詮、広告主である経団連の顔色を伺う新聞であるとも思う。しかるに、その中にあっても、この記事を書いた記者・編集者には、まっとうな独立国の国の基盤で民の幸福を追求してこその平和・豊かさだという良識を感じる。グローバル大企業の傀儡性が目にあまるものがあって政治が国民市民が格差拡大の中、生きる屍となる暗黒時代の到来を予感させる米国であり世界である。これに抵抗するでもなく盲目的に追従するが日本・各国の人類への貢献でもあるまい。

企業組織は利潤極大をめざすシステムで、それは特質の1つではなくて、そのものだ。経団連の面々というのは、それによりよく適合して出世しなった者たちである。彼らの言い分に振り回されることの中に、あるべき政治の在り方など、ありえようもないのであって、彼らの言い分をコントロールするのが政治である。米国・世界の政治は崩壊しつつあるのである。

見出しからでも、こんな記事を書いていてくれているのではないかとも推測はつくのだが、まだ私企業であるクボタの思惑に過ぎないと、興味が通りすぎる可能性はある。しかし、そうも言っていられないのである。

何故なら、記事にはこの件に関して、肯定的な農林水産省新事業創出課の弁があるからだ。

こうしたことは、記事の見出しだけからでは読みとれない。だから新聞というものはデジタルであってもビューアーで読めなくてはならないのだ。真の新聞読みというのは、見出しの工夫に頼っては新聞を読まない人間のことを言う。速読力・動体視力(動いているのは視線の方だが)・嗅覚力(文章全体の香り)のような識字力があるものなのだ。読み手にこれがあるから、記者の方も良い記事を書く甲斐があろうというものであろう。

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あたらしい朝日新聞デジタルのPC用紙面ビューアーってどうよ

このブログで、結構さんざん、朝日新聞デジタルをこきおろしてきた。右のサイト内検索で「朝日新聞デジタル」で検索してもらえると判る。

さて、本日10日に始まった、待望?の朝日新聞の紙面ビュアーはどうであろうか、早速、試してみた。ないよりはマシとは言えるのだろうが。

日経の紙面ビュアーは、iPadを持つようになってからは、もっぱらそっちである。朝日新聞のPC用ビュアーと較べる為、久しぶりにPCで日経を開いてみた。

較べて朝日新聞デジタルはどうか?良くないのである。朝日としてはアッピールしたいところは、あるのかも知れないが、そんなことは、どうでも良い、以下の点が、日経のPCのビューアーとは違うようだ。

ビューアーはよほど巨大なモニターを使っていない限り、拡大表示しないと実質読めない。日経の場合は、ページをめくっても、設定した拡大表示が有効であるが、朝日新聞デジタルのそれは、ダメでページをめくるごとに、拡大表示をし直さなけければならない。さらに朝日新聞の拡大表示の方法が良くない。日経は拡大のスクロールバーが用意されているが、朝日新聞デジタルでは、何回も拡大ボタンを押す必要があるのだ。

朝日新聞デジタルでiPadなど用のビューアーアプリ、リリースはいつだろうか?それはどれほど日経に較べて見劣りするものであろうか?

実は、日経でも、iPadなど用のビューアーアプリでも、ページをめくると拡大設定が維持されない。けれども、二本指でサッと拡大できるので、たいした問題ではないのだ。

今回のPC用の朝日新聞デジタルの紙面ビューアー、ないよりはマシという程度であった。この段階では、日経電子版と違って、まだ、とても人にお勧めできる代物ではない。

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