« 2012年11月 | トップページ | 2013年2月 »

2013年1月

2013年1月22日 (火)

日経 「国土強靭化計画」を支える京大教授 藤井聡氏 にTPPに関して想う

TPPの推進論には疑問をなげかける人なそうな。

「個人の効率的な判断は社会全体の最適な選択につながらない」という「社会的ジレンマ」の研究で国際的な評価を得、自由な市場が効率的と唱える経済学者とは「真っ向から対立する世界を築いた」と自負する人だそうだ。

公共投資の大幅削減に踏み切った民主党政権に反発して言論活動を展開し、自民党を中心に人脈を広げたとある。

この人が、「国土強靭化計画」の理論を支え、安倍晋三首相のアドバイザーである内閣官房参与に就任して、「異端」の声を政権の中枢に直接届けることになるとされている。

穂影も、野方図なTPPの推進論には疑問だが、どうもこの人を、頼れる論客としたくない。それと、同じTPP反対でも、農政や日本医師会の反対姿勢とは一線を画して、その声を味方にしないで、TPPの推進論に疑問を呈したい。

穂影のような立場で、TPPの推進論に疑問を呈す、言論が全くないのは、どうした訳なんだろうか?

とは言っても、穂影もTPPの推進論に疑問を呈すのは、まだ直感の域を出ていなくて、理論を構築できていない。TPPは大グローバル企業に傀儡される、格差拡大を指向する米国政府の覇権確保でしかなく、ゆえにそれは、日本の製造業の空洞化を加速すればこそ、食い止めることにはならず、日本国内の格差拡大を助長するだけだというのが、穂影の直感なのである。

ただ、TPP推進が必要だという論調だって、プアーな標語の連呼以上のものではなくて、中身があいまいで、論をなしていないと思うのである。こういう論には、たいてい、国民には言えない、邪悪な本心というものが隠されているものだ。

日経は、安倍政権に批判的な面もあるようだ。日経がTPP推進論基調でもああるからだと思う。だから、わざと下手な、TPPの推進論に疑問を呈す論客を紹介している気がするのである。

私には、自民党にちゃんとした、TPPの推進論に疑問を呈す、論客がいる、現れるとは思われない、期待できないと思うのである。結局のところ、国民には言えない、邪悪な本心が大好きな党だと思うからだ。

穂影が、ちゃんとした、TPPの推進論に疑問を呈す、理論を構築するには、E・トッド の「デモクラシー以後 協調的保護主義の提唱」とかジャック・アタリ氏とかの、必ずしも自国フランスの政策を評価していない論客の考察を援用する必要があるかと考えている。マイケル・サンデル教授の考えもところどころ参考になりそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月21日 (月)

どう思う ニフティの青少年インターネット環境整備法に対応

ニフティからメールでお知らせが来た。

青少年インターネット環境整備法に対応した、LaCoocan(ラクーカ ン)利用規約の変更に関してだ。

青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律第2条第3項に定める「青少年有害情報」または法令に違反しもしくは違反するおそれのある情報をホームページ等に掲載した場合においては、ニフティは、青少年保護機関、人権擁護機関および警察その他の取締機関に対して、当該ユーザーがニフティに登録した連絡先メールアドレスを開示することがあります。

とある。穂影は、好んで有害情報など流すつもりは無いし、違法行為をするつもりもないから、基本的には異論はない。警察に連絡先メールアドレスを開示することにも文句はない。もし国家権力の横暴があれば、いざとなれば、仲間に協力してもらい、堂々闘い、逆に損害賠償も国家に請求する。しかし、青少年保護機関、人権擁護機関とかは一体何なんだろううか? 穂影は基本的には、こんな名称がついている機関と、相性はそんな悪くはないつもりだが、ニフティには、安易に圧力団体に屈している訳では無いという、ユーザーに対する説明責任があろうかと思うのである。

青少年保護機関、人権擁護機関と言えば、警察のように法に基づいた権力で連絡先メールアドレス開示を要求できる権限を持った機関なのだろうか?そもそも、これらの機関に属している人間は全て守秘義務など相応の責任を負った国家公務員なのだろうか?

青少年保護機関、人権擁護機関と言えば、そうであるかないか、自明だと言う訳でもないだろう、ニフティには説明責任があると思うのである。青少年保護機関、人権擁護機関の中に、単なる特定の信条を持った民間人が混じっていたら、そんな人達に、大切な秘匿しているメールアドレスが見られてしまうリスクは冒せない。穂影は有害情報を流さないように留意してはいるが、法に基づかない単なる民間人の信条とは認識の差、齟齬がある可能性があるからだ。こうなると、ニフティは、安直に特定任意の圧力団体に屈して、ユーザーを売っていることにもなりかねない。ニフティには十分な説明を求めたいところである。

実際、このブログでもテレビ局などの表現の自主規制は、不健康、邪悪だと議論もしている。その背後には、視聴者全般多数の圧力もあろうが、青少年保護機関、人権擁護機関的な団体の圧力も想像してしまうところである。

ニフティはインターネットを普及させるに一役かった企業の雄として、あまりにも腑抜けた、だらしない対応ではないかとの疑念が残る。是非とも納得できる説明が欲しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月17日 (木)

そうだろうか? 朝日新聞 経済気象台 「日本の敗北」を語る前に 巧妙なTPP、グロ化洗脳

この記事がいたらないと思うのは、

過度な円高も修正されつつあり、日本の製造業は十分にやっていける。真に困るのは、企業が貯蓄に励んでいることだ。投資もしない、賃上げもしないといった企業が経済発展のブレーキとなっている。

と書いている。そうなら記事には異論はないのだが、ここで終わっては完成度は低い。というのは、民主党もそうだが、自民党も、日本国民の貯蓄に手をつっこうもとしている節への疑問、批判が足りないからだ。しかも自民党が日本国民の貯蓄に手をつっこうもとする背景に、経済学者的な、記事のような企業のそれと同様の批判があるような気がするからである。それは無責任と言うものだろう。日本国民の貯蓄には、経済発展を促すような投資をする義理はない。むしろそれは、これまでの投資におけるモラルハーザードの失敗によるツケで、財政規律、年金、福祉が破綻し、それが信用できないから、日本国民は貯蓄で自衛しているのである。このことに言及した上でなら、記事の主張にもうなづけるところはある。

私は日頃、生活における投機や消費生活偏重に批判的だから、それを良く見るのではあるが。つまり生活レベルで財政規律重視派・モラルハザード重視派だ。

この記事には、経済のグローバル化に無批判の基調がある。これは朝日新聞のTPP推進姿勢の表れかと思う。朝日新聞は所詮、経団連には逆らえないマスコミだと思うのである。どこかTPP、経済グローバル化に無批判であることで、脱原発を大目にみてもらっているような、経団連との取引的なものを感じる。

それは、部品や素材といった日本の中間材メーカーは、日本のエレクトロニクス系の一部の企業が大赤字になってもちっとも困らない。だけど、韓国やアメリカ系の企業がコケると、うんと困ることになったりするのだ。グローバル化というのは、簡単に国別、企業別の評価ができない時代ということでもある。異なる分析単位、異なった評価基準が必要だ。

と言う。おかしいではないか、韓国やアメリカ系の企業がコケると困るというのは、裏がえせば、トヨタ、ホンダ、パナソニック、ソニー、東芝、日立、三菱がコケても恐くないということだ。それをグローバル化というなら、経団連は真っ青だ。そんなグローバル化をTPPを経団連が推し進めようなどする訳もない。もし経団連が判ってそうなら、困ったときは国民負担で助けてもらえるというモラルハザード喪失そのものだ。この記事の言う、グローバル化の正当性は幼稚にここで破綻している。この、簡単に気づく可笑しさが判れば、この記事の随所に疑問が生じる。

アセアンに進出している日本の中堅企業はどんどん韓国になどに輸出し、日本の本社の利益を稼いでいる。

安い労働力を求めてアセアンに進出している企業がである。ここのどこに、グローバル化によって空洞化し、日本国内の工場から仕事を奪われた日本人ブルーワーカーに光明があるというのだ。こうしてリストラ、就業困難になった日本人に、それら本社の利益がどう環流され救いになると言うのだ。

しかもアセアンに進出過程で、日本の使い捨て技術者を派遣、放出することによって製造技術が歯止めなく流出する一方ではないか。

ここまで、杜撰な論を展開されてしまうと、もしかして、この記事は読者にそれに気づいて欲しいのかとも思ってしまう。つまりこれは、記者の良心で、経団連の顔色を伺う目をかいくぐって、野放図な経済グローバル化、TPP推進論を揶揄・批判しているのではないかと思うのである。

TPP問題は、日本の農政の問題点、日本医師会のゴネを反対勢力として演出して、問題を矮小化する傾向が、経団連御用報道に目につく。疑えば、農政、日本医師会と経団連・マスコミの出来試合かとも思えるのだ。そこに誤魔化される前の不都合な事の本質が、この記事の展開破綻に示されているのではなかろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月11日 (金)

ビッグデータ競争元年に思う ロングテールの中にいろ 日経の広告を見て思う

日経新聞の電子版を紙面ビュアーで読んでいて、ハーバードビジネスレビューというマネジメント誌の広告で、ビッグデータ競争元年というのが目にとまった。

何事も過ぎたるはおよばざるがごとしと言うか、過去に、何でもかんでもマーケティングと言って、役に立つ面を否定しないものの、それで全てがクリアーになる訳でもないことは、多くの人間が学習したところだろう。

ビッグデータ競争もその類かとも思う、すなわち、例によって、さほどのことはないよという気持ちと、別のところで危惧を感じるのは私だけではないだろう。

というのは、ここには、そのアイデアの卓越性・優劣以前に、寡占化、生データの独占化、個人のプライバシーの侵害という、悪夢のような暗黒の世界の広がりを見るからだ。そのことに気付いている人も少なくないと思われる。

もうひとつの危惧は、この広告にもあるように、データ・サイエンスティストほど素敵な仕事はない、といううたい文句だ。若い才能を呼びこむに、そこが新たらしい非創造的な分野に、いとも簡単に堕落して、創造的文化の可能性が衰退していく種となっていくように思えるのだ。

いろんな意味で、このビッグデータ競争の潮流から身を守っていくことに備えておくべきだろう。それは、ビッグデータ競争に溺れていく者を勝者などにしない営みの積み重ねでもある。

ビッグデータ競争が注目されるより前に、ロングテールと言うのが、はやった。古来より良質なものは、へんてこなものと同様にロングテールであることは皆知っている。人間には様々な水準があるからだ。文化・文明とは先覚者とも言うがロングテールがひぱって来たとも言える。メジャーはのろのろとロングテールの後を追って行くのだ。

ビッグデータ競争というのは明らかに、インターネットなどのITの発達と不可分なのだが、ロングテールが過去に増して注目されたのもまた、インターネットなどのITの発達がある。私はビッグデータ競争よりロングテールとインターネット文化の方に、有意義な未来のパラダイムがあると思う。

ひとりひとりが、良きロングテールであろうとすること、すなわち自己の個性を生かさんとするとき、所詮ビッグデータ競争がもたらすものなど三流、二流ではないかと予感するのである。であるからして、人類の進歩の可能性としてビッグデータ競争にかまけることなど、相当に無駄な足踏みではないかと思うのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月10日 (木)

中国で日本のコメ生産 クボタ、支援事業検討 種もみ輸出、農機も販売

朝日新聞の、中国で日本のコメ生産 クボタ、支援事業検討 種もみ輸出、農機も販売 という記事

クボタがやることだから、農機具の中国への販売を期待してのことだ。

記事では、現地で種もみのコピーがつくられ、安価な日本米として逆輸入されれば、国内のコメ農家が打撃を受ける可能性もあるとしている。

朝日新聞は、TPP推進基調かと思う。ここに、間違った社会主義的世界革命的な単純な思考回路を私は見てしまうし、所詮、広告主である経団連の顔色を伺う新聞であるとも思う。しかるに、その中にあっても、この記事を書いた記者・編集者には、まっとうな独立国の国の基盤で民の幸福を追求してこその平和・豊かさだという良識を感じる。グローバル大企業の傀儡性が目にあまるものがあって政治が国民市民が格差拡大の中、生きる屍となる暗黒時代の到来を予感させる米国であり世界である。これに抵抗するでもなく盲目的に追従するが日本・各国の人類への貢献でもあるまい。

企業組織は利潤極大をめざすシステムで、それは特質の1つではなくて、そのものだ。経団連の面々というのは、それによりよく適合して出世しなった者たちである。彼らの言い分に振り回されることの中に、あるべき政治の在り方など、ありえようもないのであって、彼らの言い分をコントロールするのが政治である。米国・世界の政治は崩壊しつつあるのである。

見出しからでも、こんな記事を書いていてくれているのではないかとも推測はつくのだが、まだ私企業であるクボタの思惑に過ぎないと、興味が通りすぎる可能性はある。しかし、そうも言っていられないのである。

何故なら、記事にはこの件に関して、肯定的な農林水産省新事業創出課の弁があるからだ。

こうしたことは、記事の見出しだけからでは読みとれない。だから新聞というものはデジタルであってもビューアーで読めなくてはならないのだ。真の新聞読みというのは、見出しの工夫に頼っては新聞を読まない人間のことを言う。速読力・動体視力(動いているのは視線の方だが)・嗅覚力(文章全体の香り)のような識字力があるものなのだ。読み手にこれがあるから、記者の方も良い記事を書く甲斐があろうというものであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

あたらしい朝日新聞デジタルのPC用紙面ビューアーってどうよ

このブログで、結構さんざん、朝日新聞デジタルをこきおろしてきた。右のサイト内検索で「朝日新聞デジタル」で検索してもらえると判る。

さて、本日10日に始まった、待望?の朝日新聞の紙面ビュアーはどうであろうか、早速、試してみた。ないよりはマシとは言えるのだろうが。

日経の紙面ビュアーは、iPadを持つようになってからは、もっぱらそっちである。朝日新聞のPC用ビュアーと較べる為、久しぶりにPCで日経を開いてみた。

較べて朝日新聞デジタルはどうか?良くないのである。朝日としてはアッピールしたいところは、あるのかも知れないが、そんなことは、どうでも良い、以下の点が、日経のPCのビューアーとは違うようだ。

ビューアーはよほど巨大なモニターを使っていない限り、拡大表示しないと実質読めない。日経の場合は、ページをめくっても、設定した拡大表示が有効であるが、朝日新聞デジタルのそれは、ダメでページをめくるごとに、拡大表示をし直さなけければならない。さらに朝日新聞の拡大表示の方法が良くない。日経は拡大のスクロールバーが用意されているが、朝日新聞デジタルでは、何回も拡大ボタンを押す必要があるのだ。

朝日新聞デジタルでiPadなど用のビューアーアプリ、リリースはいつだろうか?それはどれほど日経に較べて見劣りするものであろうか?

実は、日経でも、iPadなど用のビューアーアプリでも、ページをめくると拡大設定が維持されない。けれども、二本指でサッと拡大できるので、たいした問題ではないのだ。

今回のPC用の朝日新聞デジタルの紙面ビューアー、ないよりはマシという程度であった。この段階では、日経電子版と違って、まだ、とても人にお勧めできる代物ではない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年11月 | トップページ | 2013年2月 »