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2011年1月 2日 (日)

サンデル教授の白熱教室 レクチャー1犠牲になる命を選べるか

この正月にサンデル教授の白熱教室が一挙再放送されているので
一から観ることができる。
穂影は、本の「これからの正義の話をしよう」だったかを、斜め読みはしている。
先ほど、録画でレクチャー1を観終わった。
ググとると、レクチャー1は「犠牲になる命を選べるか」である。

臓器移植の問題のとき、一人の学生が、
4人だったかの内誰かが、一番先に死ぬかを待って
それで3人に移植すればいいと言って
サンデル教授を感心させたが、教授は、それでは私の例題
問題提起は崩壊すると言っていた。

穂影の鉄道作業員5人か1人かの問題の考えも
これに似たところがある。教授の題意をはずれる。

当初5人よりは、1人の犠牲を選ぶというのが多数意見のようだったが
穂影は、1人のほうを犠牲にすべきではないと思った。

咄嗟の判断としては難しいところではあるが。

無論、1人の作業員がいなければ、路線を切り替えて5人を助けるべきである。

もし現実的に、1人の方が、なんとか電車をかわせて、犠牲者ゼロの確立が高いと判断されるなら
路線を切り替えるべきである。しかし題意はそうでない。5人でなければ1人は必ず死ぬのが題意だ。

ただ路線を切り替えるという、運転手の特別な能動的な判断が必要なことから察して
リスク予測自己責任は1人の作業員側より5人の作業員側の方が大きいと思われる。
あるいは5人の作業員ではないにしても、その作業責任者には、一人の作業関係者よりは
予測注意義務責任は重い。運転手が路線を切り替えるというのは異常事態であるから
そうしたことを予測すること、そうしたことの注意義務は、一人の作業者側の方が低いはずである。

従って、運転手は、この1人の作業員の犠牲で済ませると、勝手な判断で路線を切り替えてはいけないことになる。

もっとも、作業員は、ブレーキなどが壊れる他、予期せぬ進路変更も想定して注意義務があるのであり
5人と1人の作業員の間に注意義務、自己責任の差はないと判断もあり得るかも知れない。
ただ穂影はそうした社内規があっても、状況の常識が優先されるべきだと思う。
まして、この場合、1人の作業員に列車が突っ込んでくるのは、ある意味、運転手の勝手な独断の結果である。

もし本当にこのようなことがあるなら、結果的に5人が死んでも、他の1人が死んでも
その結果の差による責任は運転手には問えないというのが穂影の結論ということになる。
1人の作業員を守って5人の方を犠牲にする正当性も多数決が正しいというばかりではない。
というのが穂影の考えである。

運転手が1人の方の作業員に気付いた時、5人の作業員に心の中で
なんだって、余裕もなく、こんなとこで作業なんかしてんだ! と叫んで
進路変更することなく5人を轢き殺しても良い場合もあるのだ。

サンデル教授も当初、1人の犠牲を選ぶという学生の多数を非難はしていないようだ。
ただ犠牲者の数ということで単純に判断をすることは注意が必要であると言っているようだ。

穂影はこうした、考えは理系のセンスだと思っている。理系は数の大小だけでは判断しない。
状況の論理性を重視する。注意義務自己責任の多寡を確率論、リスク分析的に計量する。

危険を覚悟している者、必要な注意義務と責任を果たしていない者の命は相対的に軽い。
部下、関係者の命を軽んじる上司責任者の命は、相対的に軽んじられなければならない。
だから事故を防げなかった船長は最後まで船にいなければならないのだ。
プロの命は、関係のない部外者、第三者の命より相対的に軽い。命の数ではないのだ。
職業軍人の命は戦闘にあっては市民の命より相対的に軽い。

追記)

そう言えば、穂影は

MBA人気、金融工学人気の凋落?、経済学不信、科学不信と関係があるのではないかと思っている。この本、サンデル教授の講義は政治学、政治哲学であって、経済学ではないという意見があるかも知れないが、穂影はなんとなく、そんな風に関連づけてしまうのである。

やはり、ハーバド大の学生は、それなりに利口といういうか、さといという感じがする。と同時に、今の世界において、よるべなき、悩みを抱えているのかと思う。昔もそうであったが、悩めるアメリカ、悩める日本で、彼らなり、我々なりに、一条の光を求めているようにも思える。

http://hokage.cocolog-nifty.com/eyesonly/2010/08/mba-b5a9.html

サンデル教授もこのレクチャー1で、哲学は難しくて、勉強すると信念がゆらいで不安になるかも知れない。これが恐くて、能天気でいたいなら、この授業よりMBAの単位でも受けたら、ビジネススクールに言ったらみたいなことを言っていた。ソクラテスも、親友から、もっと処世術に専念しなよと言われてたとか。MBA、ビジンススクール、経営工学、金融工学は功利主義、処世術そのものだそうな。

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