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2008年8月 2日 (土)

反射光:自殺のすすめ:甘やかされてきたやから

①これは、②SAGAさんの「自殺のすすめ」という記事を読んでの、私の触発の続きである。①と同様の私の先の記事、③「反射光:自殺のすすめ:社会の狂気とは?」に④SAGAさんにコメントして頂いたのだが、その返答になるかは判らない。判らないと言うのは、私にとってはそれはまだ難しいからでもある。良く考えたい問題でもある。

私が②に触発されたのは、そこにジャーナリズム、社会心理学のおえらい先生方の、「問題のすりかえ」への指摘を感じたからでもある。ここにフォーカスしてしまうことは、②の趣旨には、はずれては、いるかもしれない。

②では全く言及していないが、A:朝日新聞的と言っていいのか、社会心理学のおえらい先生方は、ワーキングプアとか非正社員制度、派遣社員制度とかの、「社会が悪い、社会を変えないと」に持って行こうとする傾向が目につく。あんな、とんでもない凶行に及んだ犯人はそんな可哀想な境遇にいたんだという感じである。昔は、そんな社会じゃなかった、だから今になって、あんな犯罪がおきるのだということになる。

これには、B:反論があるだろう。むしろ昔の方が、餓死を意識しなけらばないほどのワーキングプアが、多くの国民にとって身近な存在だった。そんな時代に、あんな犯罪はなかったという反論である。

今のワーキングプアは本当のワーキングプアではない、とかの議論にもなってくる。こんな議論をしていると、何か「小人閑居して不善を成す」という言葉も思い出してきてしまう。そんな、こんなで、うっかり、A:朝日新聞的とでも言うのか、社会心理学のおえらい先生方はの意見は「問題のすりかえ」ではないかと指摘しているうちに、すりかえ先の反発から、別の「問題のすりかえ」の論陣を張ってしまう穴に落ちる危険も感じる。

「物事の背景に正しく言及」するということは大切である。これが正しければ「問題のすりかえ」ではない。「問題のすりかえ」は基本的には、忌わしき悪徳である。Aへの反発から正しい「物事の背景に正しく言及」に行き着くこともあるかも知れない。B的に言えば「甘やかし体質こそ問題である、分相応に勤労に満足しないことそ問題である」なども正しい背景分析の候補ではあろう。

Aの相反としてBの論陣を仮定しているのだが、A、Bの共通点はある。すなわち昔だったらなかったという姿勢である。果たしてそうか?いつまでも、この疑問を抱いていると、A,B双方から文句を言われかねない。

昔だってあったという説明に成功しつつ、AやBを否定しないことも可能かも知れない。なるほど、昔もAが指摘するような背景があって、悲惨なことがおきていた。なるほど、昔もBが指摘するような背景があって、悲惨なことがおきていたなどである。

絶対とは言わないが、比較的相反しているA、Bについて上のようなことが同時に言えてしまうと、もともとAもBも、論考の対象となっていたことの背景としては、あまり関係がないということにもなってしまうのである。

④で「旗本侍の横暴とかもちゃんとした動機がある暴力です」という意見も頂いて、動機の問題は重大として残るものの、一部の旗本侍は、町人、農民と較べて、甘やかされていたから、昔からこうしたやからは、現代からすれば、とんでもない凶行を平気でやっていたという論考もありえるのである。そして何故、現代は町人、農民の系譜から、こんな甘やかされた、やからが出てくるのかという問題にもなって来る。

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