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2005年6月11日 (土)

美食の悲しみ

SAGAさんが食べ物について語っていられます。

私は、ついつい食べ過ぎてしまって、肥満が悩みの種なんですね。
惰性で食物を口にするのって、良くないことだと、つくづく思う。
空腹感というより欲求不満、満たされない思いの代償として口にするのかと思うと悲しい。

3度3度、きちんと適量、食事するのが良いんでしょうね。
でも、私の理想は、野生のライオン見たいに、満腹なら目の前に獲物があっても、寝そべっていて
空腹になったら、ギラギラとした目で獲物を追って、ありつく、という形かな。(これが出来ない 汗)

こういのを、理想とするのって、農耕民族的よりは狩猟民族的なのかなって。(関係ないか 笑い)

空を飛ぶ鳥さんって、飛行の邪魔になるから、食いダメが出来ないタイプ見たいですね。
胃が小さいんだろうな。代謝が激しそうだから、しょっちゅう少しづつ食べてる。
鳥さんは、羽毛で着膨れしているけど、かなりやせっぽちなんですよね。
着膨れ菅野美穂さん見たいで可愛いですね。

食べものに関しては、不思議に思うこと、わからないことがある。
美味さにこだわる、ことの人間性としての良し悪しについてです。

ひとつには、腕を磨いて、一生懸命、料理をつくってくれた人がいるなら
そうした人の成果に、拍手を送れるようでありたいなと思うことがあります。
服、物品、文学、音楽、絵画、演劇、思想、哲学、科学・・・などなどと同じですよね。
良いものにこだわって、それが判るなら、それにこしたことはない。
人間的にも心的にも豊かになれるのかなぁ~って

でも、食べ物は、それとは本質的に違った面がありますよね。
文学、音楽などは、日々どうしても必要ってもんじゃないですもん。
日々、三度三度、食事を提供をしてくれる人への感謝の気持ちを
美味さにこだわることによって、ないがしろにして良いものかと思うことがある。
美味さへのこだわりって、心豊かな、ことなのかしらん。
(文学、音楽、絵画、演劇、思想、哲学、科学・・・もそうかもしれない)

料理店の提供するもんなかは、こだわって良いと思うんですよね。
向こうはプロなんだから、それでお金稼ぐのが目的なんだから。
でもお母さんなんかが作ってくれたもの(慈善で提供されているもの?)の美味さに、
必要以上の要求をするのはどうかなと。
私の父は封建的な人で、子供のころ、食卓が父の美味さへのこだわりのせいで楽しくなくなったことが多々あったんです。

晩年、母が父に問うたことがあります。
何でも良いコンデションで美味しく頂けることと
本当のこだわりの美味しさが判ることと、人生どっちが得なんでしょうかと。
父は、「う~ん」と考えこんだ末、「それは人生最大の大問題で、わからん」と言いました。

母さんが、手のこんだ料理をつくってくれても、(お母さんはもう食事終わっているから)一人で食べるよりは
どんなに素朴でも、例えコンビニ弁当でも、あるいは外食でも
お父さん、お母さんと家族で(あるいは友達どうしで)一緒に食事するほうが良いようにも思える。

服なんかもそうかな。セータ、手袋、マフラー・・。寒くないようにと、作ってくれている、買ってきてくれている。
ブランド、デザインばかりに、こだわるのもいかがなものかと。

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投稿: モンクレール レディース | 2012年1月13日 (金) 12時15分

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