2014年1月27日 (月)

櫻井よしこ・曽野綾子・藤原正彦・石原新太郎・安倍 晋三に思う嘆息

2014年1月26日 朝日新聞に

(売れてる本)『迷わない。』 櫻井よしこ〈著〉

2014年1月26日05時00分

という記事がある。記事で

しかし論客としての彼女は、時に過激なまでのウルトラ右派である。改憲論者で、原発推進も政治家の靖国参拝も当然であり、領土問題に関しては一歩も譲らない強硬論者。「保守論壇のマドンナ」というよりは戦闘美熟女といった印象だ。

とされている。

この日の、週刊ベストでは
(2)人間にとって成熟とは何か=曽野綾子著、幻冬舎新書
(4)迷わない。=櫻井よしこ著、文春新書

となっていて、このお二方、確かに売れている。なんだか、とても疲れて憂鬱だ。

曽野綾子氏も、ウルトラ右派と言って良いような気がする。

この朝日の記事では

うらおもてなく凜然(りんぜん)として、背筋のまっすぐな、それでいてうるおいのある暮らし。彼女に憧れるファンの気持ちはよくわかる。

 しかし、と人の悪い評者は考える。「迷わない」彼女の楽観主義は、ひとたび保守と融合すると、内省を欠いた歴史修正主義に結びつきはしないか。親孝行から愛国心までを地続きで考えるタイプの保守主義は、個人主義の抑圧と弱者の排除を繰り返してしまわないか。

とも言っている。似たことは、これも読んでないし、つもりもないが

人間にとって成熟とは何か=曽野綾子

にも感じる。

愛国心までを地続きで考えるタイプの保守主義の、ウルトラ右派の人々の常套手段と言うのは、
ウルトラ右派の考えとは論理的に直接関係ない、多くの人が、さほど深く考えなくなくても、そうだそうだと思えることを並びたてて、自らの考えの正しさを印象づけて、それをそのまま、こんな正しい私が正しいと思っているウルトラ右派の考えは正しいと思い込ませ、自分のウルトラ右派の考えの正当性に持って行ってしまう人が多いのだ。

私は、櫻井よしこ氏や曽野綾子氏のとやかく言うより、
彼女らの著作を良く読んで、良く売れている本にしてしまう、多くの日本の読者の存在が、残念でならないし、懸念しない訳にはいかない。

と同時に、我々、一般よりは、知性理性において、多少は上等と思えもなくない、両氏が、やすやすと、こんなことに、手を染めて平気なのを、いぶかしくも、残念に思うのである。

似たようなことは、国家の品格における藤原正彦氏にも感じた。

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2013年11月10日 (日)

原発輸出が日本経済を破綻させる日

日経の2013年11月8日付けの
東芝、英原発会社を買収へ 年内にも株式50%取得
という記事を懸念している。

この英原発会社というのは、ニュージェンという会社である。
記事では、
東日本大震災以降、東芝は新規受注がない状況が続いている。まず発電事業者を傘下に収めて設備を納入し、その後に経営権を売却して投資資金を回収する事業モデルを描く。
としている。
この文脈からして、ニュージェンという会社は発電事業者と考えてよかろう。
ここで問題としたいのが、
原発は事故において、製造物責任が無いという国際慣例である。事故責任は発電事業者に集中するということがある。
このことは、東芝が納入した原発が、英国で福島第一原発のような事故を起こしても、責任は発電事業者であるニュージェンという発電事業者に集中し、東芝はほぼ免責となるという意味だ。
これは現在、福島第一原発の事故においては、東電に責任が集中して、GE、東芝、日立のような原発メーカーは損害賠償に応じる必要がないことと同じ状況である。
しかし、英国で同様のことが生じた場合、英国民はそれで納得するだろうか?

そうはいかないとなると、莫大な賠償金によって、東芝などが経営危機になると、例によって、東芝などは大きくて潰せないの原理で、日本国民の血税であがなうことになるのではと心配されるのである。

仮に、英国で東芝が納入した原発が、英国で福島第一原発のような事故を起こしても、東芝の製造物責任が無いということが押し通せたとしよう。となれば、ニュージェンという発電事業者に責任賠償が集中し、ニュージェンという発電事業者は経営破綻するだろう。東電も福島第一原発の事故で経営破綻し、日本国民の血税が膨大に投入されている。

ニュージェンという発電事業者が経営破綻すれば、この会社を買収した東芝の膨大な損害ともなる。しかしながら、東芝は設備を納入したら、その後に経営権を売却して投資資金を回収するという悪辣ぶりである。

そんな悪辣に、英国民は納得するのであろうか?

そもそも、経営権を売却して投資資金を回収するなど、東芝の思惑通りにいくだろうか?誰も買い手がなくて、東芝の経営危機の種になるのではないかとも思う。

東芝、日立、三菱などの日本の原発メーカーは頭が狂っているとしか思えない。日本のメガバンクなどは、どれだけ東芝、日立、三菱に貸し付けているのだろうか? 私は融資を早々に引き揚げるべきでないかと懸念するのである。

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2013年9月26日 (木)

曽野綾子氏という問題

最近、曽野綾子氏のことは前々から気になっていた。
著作の売れ行きが良いようでもある。

2013年9月26日朝日新聞朝刊の
(論壇時評) 働く母の権利 甘えてるわけじゃない 作家・高橋源一郎
という記事で、
高橋源一郎氏は、
曽野綾子という人が週刊誌で「出産したら女性は会社をお辞めなさい」という旨の発言をして、物議を醸した
としている。
高橋源一郎氏は、曽野さんはぼくとは違う世界に住んでいるのだろうか。
と感想していた。
高橋源一郎氏は、
曽野さんのことば(と、それを含めた週刊誌の一連の報道)が、いまこの国で吹きあがっているヘイトスピーチと同じ本質を持っていることだ。
と指摘する。

googleで、曽野綾子を1か月以内で検索すると、なるほどこの件が出てくる。
賛否両論である。
検索の4ページ目に、曽野綾子:オスカーちゃんの勉強部屋
というのがあって、私よりずっとお若いのに、私は良い書き手だと感心した。
ありがたいことに、オスカーちゃんさんは、私と違って、曽野綾子氏の著作、「人間の基本」「人間にとって成熟とは何か」をちゃんと読んでいて、実に立派な感想を述べている。これらの曽野綾子氏の著作の売れ行きが良いようだが、オスカーちゃんのような感想が持てないのであれば、この本に人気が出てしまう日本が心配だ。

ところで、私は脱原発論者なのだが、高橋源一郎氏は脱原発のオピニオンリーダーのひとりと言っていいかとも思う。
そこで、「曽野綾子 原発」でgoole検索してみる。
読みとり方の文脈もあろうが、脱原発派の思いを逆なでするような発言が少なくないようだ。

私は曽野綾子氏がどのような考えを持っていても、たいした問題ではないと思う。どんな背景、経緯をもって、そんな考えを持つに至ったかもしかりだ。しかし、曽野綾子氏の最近の著作が、少なからず売れ行きが良いと言うのは、日本にとって、相当な杞憂だと思わずにはいられない。曽野綾子を非難するのでのなく、多少なりともオスカーちゃんさんのようには、それを受け止められない日本人、すなわち、曽野綾子氏を、そうだそうだと手放しで受け止めてしまう日本人が多いとすれば、そのような日本人が非難されるべきであろうと思うのである。
そこでは、少なくない日本人が、どんな背景、経緯をもって、そんな考えを持つに至ったか、どうして安易に曽野綾子氏に賛同してしまうのかということを洞察することも必要だろうと思う。

そこには、曽野綾子氏のような老人や右翼的な愛国者には、他者に反省をせまっても、決して自らは反省することは無く、過去の過ちに対しての正当化に余念がないという、性向が少なからず関与していると思われるのである。

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2013年8月25日 (日)

反原発反TPP論者の新聞の読み方8月25日 秘密保全法案

8月25日の朝日朝刊社説
秘密保全法案 権利の侵害は許されぬ

テロなどに関連すると判断されれば、原発の安全性や放射能の情報まで秘匿されることに成りかねない。国民に知られたくない情報を、政権が恣意的に指定する恐れすらある。
見逃せないのは、特定秘密を知ろうと働きかける行為も「漏洩の教唆」とみなされ、処罰対象となり得ることだ。
とある。
私は、
核弾頭製造ニーズだけではウラン採掘精製規模は小さいまま原発があると核弾頭製造コストは格段に安くなる。原発やめさせない圧力の存在。この議論が無さすぎる異常。核弾頭は劣化する。
西側核保有国は独伊の脱原発ぐらいは容認できる、あの日本ですら原発やっている限りは。だから原発やめさせない。
朝日が不十分か悪意があるかも知れないのは、原発推進を日本核武装妄想にすりかえて、再処理をやめさせ処理保有国外注、再処理放棄通常核燃料なら原発維持で良いことにすりかえられ、悪かったのは日本、米国等ではないになって、米国の核弾頭更新目的ウラン採掘市場維持で原発押しつけが隠ぺいされる
原発停止・高速増殖炉の実用化メド無再処理に突き進む日本に内外の冷たい視線 石破自民幹事長はプルトを貯め込み核兵器をすぐつくれる体制は抑止力と 原発ムラ教祖の山地憲治東大名誉教授も同様 @朝日 そうもしれないが米国による核弾頭更新目的ウラン採掘市場維持で原発押しつけの分析が足りない
とツイートしている。
これなんかは、原発やめさせない裏には、こういう事情が疑われるから、その特定秘密を知ろうと働きかける行為に該当、「漏洩の教唆」とみなされ得る訳だ。私はテロなどを起こせとか、するのもやむなしとか口にする気は毛頭ないし、そうでない自信はあるが、こう考えると、とても恐ろしい法案である。
だまし続けていたとも言える福島第一原発の汚染水漏れ、タイミング的にも原発推進維持の為の法案とも考えられ、この社説の狙いも、そう思わせるところにあると思える。まことに恐ろしいことであり、自民党大勝のおそろしさである。

この他、8月2日には
福島第一原発の汚染水、定量評価の公表を。現在も続く炉とプールの水冷。水位維持の為、往水量と還水量の差の積算値は?これが積算汚染水量ではないのか?処理済放出量保管量との差は?勝手無断秘密裏の希釈垂れ流し作戦の存在を疑う。 水量の会計検査院版が必要では
とか
今後、米国西海岸で捕獲される回遊魚の放射能全数検査の経費と米国沿岸漁業業者への補償を日本政府・東電の求めていく声が米国民から出るのではないかと思う。期待していることでもあるのだが。
ツイートしていて、300トンとかレベル3とかの前だったかもしれず、冷や汗ものだ。

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反原発反TPP論者の新聞の読み方 人口減なんか怖くない移民政策反対

8月25日の朝日新聞朝刊

ザ・コラム 移民政策 「だましだまし」に迫る限界
の記事
移民政策を語るのは、どこか心が痛む。自分たちのやりたくない仕事を押しつけようとしているだけではないか。でも、日本人だけで人口減少社会を乗り切れるとも思えない。・・
「だましだまし」は大人の知恵だったのかもしれない。しかし今必要なのは、もっと別の知恵である。
とある。別の知恵とは何か、何も語らない。朝日新聞特有のあいまいさ、切れの悪さと無責任さを感じる。しかし、どこが心が痛むというのは自分のこととしても判る。
朝日は伝統的に移民とちゃんと融和できるという楽観主義的なところがある。
この点、私は移民と融和できるかという日本人の気質を全く信じていない。世界で最も、その気質を持ち合わせていない民族であり、ちょっとやそっとでは矯正できない、あきらめた方が良い民族と国だと思う。
そんな国で移民積極策などとったら、世界の悲惨な悲劇に1ページの歴史を刻むことでしかない。
そんな悲劇を刻むより人口減の身の丈にあった、没落を選ぶ方が、はるかにマシだし、結果、日本にとっても世界にとっても幸福だ。
そもそも人口減社会と言っても、別に手立てをしなくても、思ったりより早く解決してしまうかも知れないのだ。例えば今後、日本が経済的にも恐ろしく急速に没落して教育も荒廃して、女性の地位も後退して、日本人は他にすることもなく、知的水準も低下し避妊もしないセックスにふけるようになれば、20年もすれば、あっと言う間に人口減は解決してしまう。20年なんてあっという間だ。人間だって簡単にネズミ算には乗れるのである。
それ以外の方法で人口減を止める子作り支援策など茶番で滑稽だ。
フランスでは効果が出てるみたいな見方もあるようだが、私はフランス国民の知的能力低下効果だと思う。フランスの低所得化発展途上国化の効果だと思う。
人口減でも人口減だからこそ移民政策に積極的ならなくても、世界がうらやむ幸福な国になる道にチャレンジして欲しくはある。それはロボットやITを駆使した国民の大部分が、広い農地を保有する豊かな一次産業の従事者か職人かサービス業のプロフェッショナルである世界だ。営業職やホワイトカラー職は最低限しか存在しない絶滅種である社会だ。既存の大企業もほとんどが消え去っている社会だ。
日本人でもできる、した方が良い外国人との融和というものはある。それは、そんなものがあるとして、日本の文化に心底惚れて、憧れて、日本人になりたがっている、世界の極少数派をあたたかく迎えることだ。それ以上のことは必要なく、百害あって一利もない。

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反原発、反TPP論者の新聞、SNSの読み方 8月25日 放射能物質の希釈拡散

ツイッターに
日本の敗戦と同時に朝鮮人は戦勝国民として日本人に暴虐の限りをつくした
と言い
ならば、戦勝国なのに、日本敗戦と同時に米国に統治された理由を教えてくれ
と続けるのがあった。前半、嘘ではないしても、大勢のことでなければ言及することほどのことはないし、嘘っぽい話でもある。それにソ連はともかく、日本人がそれまでにしたことを考えれば、立場が逆だったら日本人はどうしたかを考えれば、もし一部そのようなことがあったとしても、他民族全般に対して品位どうのこうのは、とても言えたものではない。後半は、そうなら、原発を押しつけられる、今後TPPを押しつけられるかもしれないことなど、似た境遇として互いに同情すべきことであって、今後その影響をどう払しょくするかという問題に協力しあうべきだから、このように文脈上、朝鮮半島民族を貶める言い方は愚か極まりない。もし、日本が原発、TPPの押しつけを払いのけることが出来ても、韓国がそうでないなら、残念な人達程度のことは言っても良いかもしれないが。

10倍希釈を30回繰り返したら、セシウムはなくなる -菊池誠阪大教授
というのが、あった。本当にこんなこと言ったのだろうか? もし言ったとしても、言い訳にたけている人だろうか? たしかに工学などでは、こうしたオーダについて、こうした言い方をすることがあって正しいと見なして良い場合も多い。が、ここでは使い方を明らかに間違っている。悪意さえ感じられる。希釈媒体を地球全体と考えるべき問題は環境問題には多いのだ。微量でも絶対的に濃度が上がることを避けなければならない問題があるのだ。実験室から排水するときの希釈の概念を使ってはいけない視野の問題があるのだ。菊池誠阪大教授は愚か者で教育者として不適切である可能性が大きい。

異常な原発から、わづかでも汚染物質を出していけないというなら、アイソトープを利用している病院から、どんなに希釈しても排水できないのかと言うなら、代替があるならイエスだ。現実にはそうでないから、医療用のその程度の量なら十分に希釈しているなら少しならしょうがないということであろう。福島第一原発は量のケタが違う。安全が理論的に完全でない原発の汚染漏れポテンシャルは容認できできないケタだ。もし福島第一原発の汚染拡散を容認して欲しいなら、使い果たしてしまった許容汚染量の代償の為、世界の原発ふくめ即刻の核廃絶が必要となる。強いて言うならば、日本は福島第一原発で放射性廃棄物漏れ権を失ったと考えれば判りやすい。希釈は無意味なのだ。だから日本には、これいじょう汚染する可能性、すなわち原発稼働、販売は許されないのだ。他の天体の水と地球の水を入れ替えながら希釈する?SFの馬鹿馬鹿しさ。

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反原発、反TPP論者の新聞の読み方 8月25日

2013年8月25日の朝日朝刊の1面トップは

患者紹介ビジネス横行
だ。東京新聞携帯版でも日経朝刊でも印象にないから、独自性を感じる。医療立国・介護立国そんな言葉があるかはともかくとして、何事も過ぎたるはおよばざるがごとしとゾットする。

改憲・集団的自衛権行使 有権者の「賛成」減少
の記事。この手の考え方はツイッターでも示している。まだ国民の大半は、自民圧勝でも、危急に心配するほど、おかしな方向にはまだ傾いていない印象だが、油断ならない。

日曜に想う、民主党、消えるか、よみがえるか
という記事で、新聞は自民党内で意見が割れても懐が深いとする評価するが、民主党内で意見が対立が起きるとバラバラだという、これはフェアでない
という意見に対して、新聞がそう書くには理由があると弁明している
自民党では、会議室でけんかしても、廊下に出るとにこやかに握手する光景がよく見られる。陽性なのだと。
民主党の自民亜流の悪辣さを弁護するつもりは毛頭ないが、この自民党の陽性ぶりこそ自民党の悪辣さ、醜悪さの核心の1つだと、思うので、この朝日の記事もどうかしていると思う。
選挙にかける公明党の執念は、民主党が見習うべきだというのも、理解できない。
民主党なん自民党同様に否それ以上にいらない、というところに持っていけないところがこの記事の限界だろう。おかしいはずである。他の既存野党も同様だ。

目新しくもないが
もがく PCの巨人 スマホ時代 迫られる変革
この辺の感想はいつかまとめたい

独、ブレない脱原発 総選挙 与野党とも自然エネ推進
私は、独は脱原発良くやっているなと思うが、今後、頓挫して転向することもあるかも知れないと疑っている。そうなると日本よりも脱原発への環境が良い独でもと言うことになるが、それを見越しても日本は脱原発を成すべきだと思う。はっきり言って脱原発は大変苦しいし、バラ色でも何でもない。それでも脱原発しろだ。それが正しい。脱原発でバラ色の脱原発論者は危うく信用ならない。苦しくても、しなければならないのが脱原発だ。

プロメテウスの罠 も書きつくしたのか、内容が緩いという感じは否めない。書きつくしたのは朝日新聞の能力の問題であって、つくべき核心をつききっていないと思う。まあそれでも
原発事故でいったん失われたものを取り戻すことがいかに難しいかを突きつけている
のは確かで、数多いそのひとつが、イノシシであることは確かではある。
イノシシが軽い問題だとは言わないが、核心をおろそかにして、チマチマ積み上げても、原発推進論者の不毛な水かけ論に埋没しそうでイライラする感じもある。ドカッと原発必要論を吹き飛ばしたいところだ。

福島第一原発の汚染水漏れ、すなわち放射性汚染物質漏れであるが、深刻さに応じた報道がなされているとは思われない。復興に後向きになるかという理由は犯罪的に間違っている。
収束宣言とか、そもそも馬鹿げている。チェルノブルイと較べても、積算汚染物質量は膨大になるだろう論議はされてしかるべきである。そうでないなら、それを明確に根拠だてる必要がある。無論、広島、長崎の原爆と較べても膨大な量であることは明らかだ。福島第一による汚染で起き得る後遺症に較べて、広島、長崎によるそれが、とても小さいことは不思議でも何でもないことが、今後明らかになりそうだ。広島、長崎によるそれが、あれほど悲惨な後遺症を残しているのにである。汚染物質の量は発生し得るエネルギー量にほぼ比例する。原爆は一瞬にエネルギーを開放するから威力があるのであり、そのエネルギーは原発に較べて微々たるものなのだ。しかも原発の場合は炉内にある格燃料だけでなく、冷却プールにある使用済み核燃料もまたカウントすべき非常に危険な汚染物質発生源なのである。核燃料はエネルギーを取り出した後にこそ極めて危険な汚染物質となり延々と放射線を出し続けるのである。逆に日本国土で目立ってそうでないとすれば、半意図的に秘密裡に海洋に垂れ流してしまったこと、今後もそうするつもりを疑うべきだろう。そうでなければ、日本国土で福島第一原発に関連ずけられた目立った後遺症が生じないことに説明がつかない。海洋汚染になっていると、後遺症は世界に分散し、関連づけは極めて困難になるが、それが人々の命を縮めたのべ年数、医療補償額は天文学的数字になるだろう。希釈による閾値低下効果が見込めないのは、ほぼ正しいだろう。どんな微量でもゼロでない限り後遺症影響にカウントできる。石棺化したチェルノブイリですら、今だ放射能漏れで苦慮している、今の福島第一原発で汚染物質流失が防げていますなど、嘘でもつかない限り、信じられるものではない。それで帰還だ復興などと、どの口で言えば良いのか。
海洋汚染ともなれば米国でも問題となろう、しかし、そのとき米国は日本に原発を押しつけし続ける為にその議論を封殺する可能性も視野に入れておくべきだろう。あるいは、海洋汚染を防ぐ手段を提案してくるかも知れないが、それは安直な日本国土土壌汚染への転換策であろう。
チェルノブイリだって火災消火を意図的に遅らせて、核燃料の融解蒸発を促し大気に希釈拡散させたことが疑われるのである。
海洋汚染できないから全面土壌汚染に切る変えるとしたら、過去の原発の運転で出た放射性廃棄物をどこに、どう処理するのかという問題などアホになってしまうが、勿論、アホではなくて深刻な問題であって、だからこそ、今の福島第一原発が絶望的な深刻な問題であることを認識しなければならない。

脱原発2年 残された難題 放射性ゴミに地下水が迫る ドイツ総選挙2013
と言う記事では、ドイツ中部ニーダーザクセン州の旧岩塩層にいったん封じ込めた放射性破棄物を再び取り出すという前例のない作業がはじまっている。長期間安全と考えられていた地層に地下水が侵入していることが判明し
とある。テルノブイリの石棺化もそうだがまして福島第一原発の対策など、どうにもなりそうにない証左である。ドイツのこれでさえなのだから。

内容批判ではないが、今さらという意味を含め、つまらない記事は、天声人語のガラパゴス、

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2013年6月13日 (木)

まやかしの安全は許されない ゼオライト セシウム ”廃棄物+磁力”で放射能物質を除去する

2013年6月9日に放送された、TBSの夢の扉+ 福島の農地をよみがらせる!世界初の除染技術 ”廃棄物+磁力”で放射能物質を除去する!

で、関係者を誹謗中傷する気は毛頭ないが、気になったのは、放射能セシウムだけを90%以上除去できるというくだりである。

これが嘘だと言う訳でもない。ただ、正しかったとしてもの疑問なのである。私が思うに、土壌汚染というのは、汚染物質の拡散現象でもあると思うのである。相当に汚染物質の濃度差によって拡散するものと思われる。地下水脈等の影響もあろうかとは思うが、地中深く拡散するとしても、重力だけでそうなるとばかりとも思われない。濃度差による拡散も少なからず作用していると思われるのである。

従って、実験等の処理によって、処理前と較べて、90%除去できたとして、その測定がインチキでないにしても、実際の汚染土地において、その処理をした直後に測定して90%除去できることを予想することが、誤りでないにしても、ある程度時間がたっても、その90%の効果が持続するかが疑問なのである。

つまり、汚染土地の表層の汚染濃度を下げると、既に汚染が浸透し汚染濃度が高い地中の汚染物質が、汚染濃度差によって、処理した表面土に、にじみ出てくる可能性があると思うのである。90%の除去という数字は素晴らしいもので、それに嘘は無いにしても、その数字の捉え方を間違ってはいけないと思うのである。

一般的に言って一度、拡散した汚染物質を除去することは、生易しいものではない。環境汚染は恐ろしいものなのである。

このような技術があるから、繰り返し、この技術を施せば、あるいは継続的の施し続ければ、比較的安価に、汚染濃度を低く維持できる、というのは本当かもしれないが、90%除去できるから、1度やれば、安心、再計測の必要もないと言うのであれば、疑問もある。番組は、この点をクリアにしていないと思う。

無論、こうした疑問は、番組で紹介している技術固有の問題ではなく、他の提案される技術共通のものである。そして、紹介されている技術の他の技術に対する相対的な経済合理性を揺るがすものではない。ただ相対的にはそうかも知れないが、十分に絶対的な経済合理性・費用対効果を実現しているものではないかも知れず、それを誤解させるようなことは望ましくないと思うのである。

私は紹介されている技術は素晴らしいものだと思う。大切なこれまでの田や畑の土を廃棄しなくて済むということは素晴らしいことなのだ。特に、繰り返し、この技術を施す、あるいは継続的に施し続ける必要がある時にこそ、この技術は相対的に素晴らしいものであると言えよう。

しかし、それでも絶対的な経済合理性を斟酌することは大切だと思う。それいかんによっては、全く別の発想も必要となるからである。相当期間、農作地としての活用をあきらめる等の方策と合理的に対比されなければならない。まやかしの安全性は許されないからだ。国が傾くことを考えれば、費用対効果の悪いことにジャブジャブと金を使い、除染業者ばかりを潤いさせるような、金をドブに捨てるようなことばかりをしてはいられない。

何よりも放射能汚染、原発維持・推進の恐ろしさを、深く認識することが必要で、原発維持・推進をやめさせることが急務である。

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2013年2月 6日 (水)

反論、朝日新聞 記者有論 AKBと男児の写真 放置で被害を広げるな

どう思うニフティの青少年インターネット環境整備法に対応
という記事を書いたが
関連して、

朝日新聞記者有論 文化くらし報道部 本山秀樹氏の
AKBと男児の写真 放置で被害を広げるな

という記事を問題にしたい。
自主規制に関する考え方が私と違う。

当局の表現の自由に対する規制を良いこととしないのが、私の基本であるが、自主規制ならば良いかというと、それが安直な世論の圧力に屈してというのであれば、劣らずそれも良くないという議論も、このブログでかつて進めて来たのである。

表現の自由を考えたとき、表現を規制し取り締まるのは、個別の判断ならざるを得ない。それを無視して自動的にしてしまうのは断固反対である。個別の判断で結果、法的にも社会的にもペナルティが科せられるのは、いかしかたない面もある。表現の自由を信念とする者は、ときに悪法の毒杯をあおぐことで、社会に抗議することも必要だ。そのような判断をする社会に抗議することが必要だ。ゆえに悪法と言えども、法治にのっとり規制されるべきなのだ。

その意味で、安直な自主規制というのは、別の意味で危険な訳である。世論と言っても一般的には国民の総意ではなく、その一部である。してみれば、安易にそれに屈して、自主規制するというのは、私刑、リンチに屈するということだし、それは私刑、リンチを肯定し、奨励することにもつながる。

さてAKBの写真の問題の個別性であるが、私はそれを今だ見ていない。
児童ポルノの疑いとのことだが、背後にいる男児の手で裸の胸を隠したポーズが問題とのことである。例えば男児の性器が露出されているとか、弄ばれていると言うことでもないらしい。恐らくは、そうでなくても、そうした男児を性の欲望の対象として扱うことを連想させると言う拡大解釈なのだろう。あるいは、そうした目的で大人の女性が男児を誘惑、いたずらする可能性も考えているかも知れない。

個別問題として、結構デリケートである可能性を感じる。一歩間違えると、西洋美術の古典的なモチーフである、ビーナスの裸体と子どもの姿をした天使のモチーフも、そうした欲望を喚起するという問題にもなってしまう。例えば、古典名画を実写で再現するという美術ジャンルがある。半裸のビーナスにベールをかぶせようとする子供の天使の古典絵画があったと思うが、これに子役を使ったとして、性器を隠したとしても、児童ポルノ防止に抵触するのだろうか?

写真を見ていないので、無責任なところはあるが、天下の講談社が、そうそううかつなことをするとは思われない。とすると、ネットで批判の声が上がったと、過敏・安直に自主規制する講談社の体質に大きな危惧を感じる。
この無責任さが、その後の話を、無駄にややこしくしてしまっている。

本山秀樹氏は、講談社のこの写真を転載した各スポーツ紙や、それを閲覧可能にしている図書館が、講談社の自主規制に追従していないことを批判しているが、私はおかしいと思う。

国立国会図書館は「児童ポルノを閲覧禁止にするのは、裁判で確定した場合か、係争中のものに限る」としているそうで、親方日の丸を嫌う私でも腐っても鯛というか誠に正しく文句のつけようがない。本山秀樹氏がこれを持って図書館側の動きがにぶいというのが、天下の朝日新聞の記者の考えかと、その幼稚さに驚きを禁じ得ない。いくら児童ポルノ撲滅に燃えているとしても、言論の側に立つ人間として偏向思想に過ぎる。

ただ、私としても、本山秀樹氏を批判するに、自信を持てない点はあって、それは最後の「巻き込まれた子どもの人権は、今もなおざりにされたままだ。」という点だ。この辺が良く判らない。写真の子供の年齢を把握していないのだが、人権侵害の訴え能力がないと見なせる年齢なのだろう。とすれば、子どもらに親権者などがいれば、その親権者らの児童虐待容疑にもつながる。そうでなければ、本山秀樹氏の考えは矛盾するだろう。

講談社の自主規制が、相当に問題なのは、それが、講談社が、子どもたちの親権者の児童虐待容疑を認めたことにもつながりかねない。子どもたちの親権者からの名誉棄損に発展しかねない、発展しても良い問題をはらんでいることだ。本山秀樹氏だって名誉棄損で訴えられ得る可能性がある。

やはり、安易な自主規制には、私刑・リンチを肯定する要素があり、名誉棄損の可能性があるのだ。本山秀樹氏の考えは、あまりにも幼稚だ。

記事で、ネット上の児童ポルノについては、大手プロバイダー各社などで情報を共有し、閲覧を自主規制する仕組みがある。だが、その対象は、警察庁や同庁の業務委託先から情報提供があったものに限るという。とある。

この辺が、私の記事、
どう思うニフティの青少年インターネット環境整備法に対応
に関連する。
警察庁の業務委託先と言うのが、青少年保護機関、人権擁護機関なのかとも思う。この両機関、依然として実体が良く判らない。

私と本山秀樹氏が真逆なのは、私は警察庁ですら譲歩して法治国家なのだから、やむなく、それでも自分が正しければ弁護士を探して法廷闘争を辞さないとしているのに、その上で同庁の業務委託先などやだなぁ心配だなぁと思っているのに、本山秀樹氏は、それすら物足りなくて、当局依存でだらしがない、自主規制をどんどんやれなのである。

不幸中の幸いか、AKBの写真問題に関しては警察庁当局は今のところ冷静・、良識があるように思われるので、やはり問題は講談社の自主規制の無責任さにありそうだ。

本山秀樹氏の考えはとても危ないと思うのである。

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2013年1月22日 (火)

日経 「国土強靭化計画」を支える京大教授 藤井聡氏 にTPPに関して想う

TPPの推進論には疑問をなげかける人なそうな。

「個人の効率的な判断は社会全体の最適な選択につながらない」という「社会的ジレンマ」の研究で国際的な評価を得、自由な市場が効率的と唱える経済学者とは「真っ向から対立する世界を築いた」と自負する人だそうだ。

公共投資の大幅削減に踏み切った民主党政権に反発して言論活動を展開し、自民党を中心に人脈を広げたとある。

この人が、「国土強靭化計画」の理論を支え、安倍晋三首相のアドバイザーである内閣官房参与に就任して、「異端」の声を政権の中枢に直接届けることになるとされている。

穂影も、野方図なTPPの推進論には疑問だが、どうもこの人を、頼れる論客としたくない。それと、同じTPP反対でも、農政や日本医師会の反対姿勢とは一線を画して、その声を味方にしないで、TPPの推進論に疑問を呈したい。

穂影のような立場で、TPPの推進論に疑問を呈す、言論が全くないのは、どうした訳なんだろうか?

とは言っても、穂影もTPPの推進論に疑問を呈すのは、まだ直感の域を出ていなくて、理論を構築できていない。TPPは大グローバル企業に傀儡される、格差拡大を指向する米国政府の覇権確保でしかなく、ゆえにそれは、日本の製造業の空洞化を加速すればこそ、食い止めることにはならず、日本国内の格差拡大を助長するだけだというのが、穂影の直感なのである。

ただ、TPP推進が必要だという論調だって、プアーな標語の連呼以上のものではなくて、中身があいまいで、論をなしていないと思うのである。こういう論には、たいてい、国民には言えない、邪悪な本心というものが隠されているものだ。

日経は、安倍政権に批判的な面もあるようだ。日経がTPP推進論基調でもああるからだと思う。だから、わざと下手な、TPPの推進論に疑問を呈す論客を紹介している気がするのである。

私には、自民党にちゃんとした、TPPの推進論に疑問を呈す、論客がいる、現れるとは思われない、期待できないと思うのである。結局のところ、国民には言えない、邪悪な本心が大好きな党だと思うからだ。

穂影が、ちゃんとした、TPPの推進論に疑問を呈す、理論を構築するには、E・トッド の「デモクラシー以後 協調的保護主義の提唱」とかジャック・アタリ氏とかの、必ずしも自国フランスの政策を評価していない論客の考察を援用する必要があるかと考えている。マイケル・サンデル教授の考えもところどころ参考になりそうだ。

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