2009年6月 4日 (木)

一生懸命

一生懸命って大切だと思う。

一生懸命であることを、評価・称賛・敬愛し、場合によっては、その前提で、人にそれを期待することも、よろしいかなと思う。

ただ、一生懸命の型というのは人によって、違っているんだと思う。

だから、型まで含んで、特に自分固有の型で、人に一生懸命であれとさとすのは、よろしくない。

人から、特定の型で、一生懸命であれと、圧力をかけられて悩んでいる状態から、場合によっては、人目を気にせず、早く自分の型を見出して、一生懸命になれることが肝要である。

何故、一生懸命になれるのか、それは自分の納得の為であり、人に納得してもらう第一歩である。納得は知りたがることでもある。知りたがることなくして、自他を欺いて、一生懸命はない。

感じることは知ることである。感じないで知ることに価値はない。

人からの評価を得るのに急ぐな。それは死んでからっだって、とわの先だって良い。自分の納得が大切である。

一生懸命である人々が集って、何事かを成すこと、美しくも素晴らしい事である。

板の上や、映像で、演劇活動にかかわっている方々、

ウェブ上で、オープンソース、フリィーウエア、API、クラスの開発に参加している方々、

ブロガーたらんとしている方々

うらやましくもある。

営み、事業とは、そうでありたいものである。

人づきあいが苦手であっても、どこかで、つながって、一生懸命が生きる通路は必ずある。

経済、金融、投資はインフラでもあり、重要でもあるが、二の次で良い。株・投機 そこにどんな自分の納得があるのだろうか?

貯えることに納得を見出すのは、否定しない。

人生には限りがある、背負って生まれてきたものを生かし克服し、同類を勇気づけられる、進化の可能性を示唆できる、美しいアンガジェマンで終わりたい。道半ばも立派なアンガジェの有終である。

どういう気持ちで、闘病するか、キーパンチするか、どぶすさらいするか、官僚するか、育児するか、政治家するか、かしづくか、軍人するか、ベッドメーキングするか、・・・すべて一生懸命に足る重要なアンガジェである。

知りたいことに、一生懸命であれ。一生懸命が、感じるに値すること、知るに値することを生みだす。

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2009年5月29日 (金)

09.04.30朝日ジャーナル・赤木智弘氏へのインタビュー

2009年4月30日号・週刊朝日緊急増刊・朝日ジャーナルの赤木智弘氏へのインタビューを論文を読んでいて

「論座」2007年1月号の、氏の有名になった論文は読んでいない。赤木氏の情報発信をちゃんと捕捉していない。 そうした情報は、いくらかでも、希望者の数が多ければそれなりの、赤木氏の収入になる形で、金を払って入手したいと、私個人は思う。

そうするだけの、情報の固有価値が赤木氏だけにあるのではなく、すなわち、我々が知らないだけで、赤木氏と同水準の、情報、意見を発信している赤木氏と同世代の人たちが潜在的にもいるのかも知れないが、論座が注目して世に出した赤木氏とのコラボを、ここはすなおに肯定したい。これは私にとっては対価を払って得るだけの情報として赤木氏の固有の価値と私はする。いくぶん、運も実力のうちの見方が入っているかも知れないが、そうかどうかは、私なりに、赤木氏を見極めてみないと判らない。でもそれは他の有名で社会的地位が確立している言論人だって同じことであろう。実力のこもった言論は最初だけで、有名になってからは、貫禄でごまかして、実は中身が空っぽのことしか書いていないかもしれないのである。

戦争は、なんとしても嫌ではあるが、赤木氏の心情は、なんか、すごく理解できしまうような気がする。
戦争が嫌いだから、赤木氏とは話もしたくないというのでは、戦争を嫌う気持ちの方が本物でないような気がしてしまうのである。

赤木氏と話しもしたくない人は、戦争さえ起きなければ、赤木氏たちのように、考える力がありながら、働いても、働いても、やるせない生活が、死ぬまで続くという生活に、かろうじて、ならずにすむ確率がある程度以上高い人なんだということを思い知らされる。戦争が嫌いだから、赤木氏とは話もしたくないという平和主義の信条というのは、なんとか、こうした状態にしがみつき、そこそこそこに安住を見出している者達なんだなという気もしてくる。穂影もその一人である。

赤木氏と話しもしたくないと言う、背広を着た世間で認めてもらっている、言論人知識人などは、さらに穂影などよりも、ずっと可能性的にも、一番ひどかったときの赤木氏の状態から、距離が大きい、ゆとりのある人々だろう。その状態で平和主義者でいる。

戦争というのは、赤木氏らが起こして欲しいから起きるのではなく、今、赤木氏と話しもしたくないという平和主義者が、一番ひどかったときの赤木氏の状態に近くなるという危機感で起きるのだということを歴史は教えているように思う。つまり餓死するという恐怖ではなくて、明日から車にガソリンを入れる為には、ステーキが食えなくなるで戦争をするのである。
その程度の平和主義者は、赤木氏もあっと驚く豹変をいとも簡単にやってのけるのである。米国民がそうである。赤木氏らではなく、米国民がそうしたいと思えば、日本国民は徴兵され従軍せざるを得ないのは現在でもそうである。日本人が戦う相手は、米国に言われて中国かもしれないし、また米国かも知れないのである。
あるいは、やがてはその役割は米国民でなく中国国民に移るかも知れない。日本人は中国国民が望むから米国と戦争し、あるいは中国と戦争をするかもしれない。

赤木氏らと、十分にこうした話をする必要があるように思える。

私は、戦争する勇気よりも、戦争しないで、みんなで貧乏になる勇気が欲しかったと、書いたことがあるが、それができるなら、今、一番ひどかったときの赤木氏の状態と変わる勇気があるのかと問われてもいかしかたあるまい。

今後、太平洋戦争ようなことを避けること。その抑止力は赤木氏の存在が握っているように思える。社会的地位のある平和主義の言論人は頼りない。
あの太平洋戦争勃発のとき、今のような、社会的地位のある平和主義の言論人がいなかった訳ではなかろう。それでも米国民が望んだから、太平洋戦争は起きた。
米国民が自らを欺く為に欲しがった大義名分をチャーチルとルーズベルトの画策によって成就させられてしまったから起きた。
米国人が、日本人が、みんなで貧乏になる勇気がなかったから起きた。

そして当時、もっと貧乏な若者がたくさんいたのに、赤木氏のような若者がいなく、その若者と、米国がどのようにして戦争を起こすかについて、十分に話し合う機会を持たなかったから起きたようにも思えるのである。

今、赤木氏の希望がかなう確率は、必ずしも低くはない。蟹工船のブームは、無意味であろう。

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09.04.30朝日ジャーナル・斉藤貴男氏

2009年4月30日号・週刊朝日緊急増刊・朝日ジャーナルの
斉藤貴男氏の論文を読んでいて

朝日新聞系だからリベラル・左翼系なのかも知れない。
保守系・タカ派・差別主義的な人達として、三浦朱門氏、ノーベル物理学賞の江崎氏、石原慎太郎氏、小泉元首相らの言動などを批判しているようにも思える。

タカ派・愛国主義的な文化人・知識人について、何となく思うことがある。
西洋的な事で社会で成功しようとしながら、世界に認められなかった人に、そういう人が多いのではないのかという仮説である。
もっとも、穂影のように、何がなんでも社会で成功しようという根性が萎えているから、のほほんと、ハト派国際協調派モドキでいられるのだという意見もあろう。タカ派・愛国主義的でない凡人は無責任、根性無しということになる。

三島由紀夫氏は、和歌・俳句や漢詩というようりは、近代の小説家だから、西洋的なことで社会にデビューした人かと思う。能力、才能としても自分は日本人離れしているとの自負・自信が強かった人と想像する。それでもノベール文学賞は、川端康成氏、大江健三郎氏が受賞しても、三島氏はとれなかった。何故、自分は受賞できなかったという葛藤が、タカ派・愛国主義的、保守的な伝統主義に走らせるのではないかと想像してしまう。日本人として卓越している自分は日本人にしか評価できない、日本人よ日本人たれということになっていくのではないだろうか?川端康成氏、大江健三郎氏は外国に媚びていたから賞が取れたということになる。

はじめから、日本古来で勝負してきている日本の第一人者には、意外とタカ派・愛国主義的な人が少ないように思える。日本文化の世界への紹介について熱心な、他国の独自文化に対する敬意が深い、リベラルな国際派が多いような気がする。

スポーツでも、世界で通用する日本人選手は、タカ派・愛国主義的な人たちから英雄視もされるが、ご本人達は、外国のライバルを敬愛するリベラルな国際派の方々ではなかろうか。半端な選手だと、外国勢はズルイとかいって、タカ派・愛国主義的に走るかも知れない。柔道・相撲とかの将来、あるいは福原愛ちゃんや石川遼君の将来が心配でもある。

音楽家の故・黛敏郎氏は、タカ派・愛国主義的な印象を持たれていなかっただろうか?西洋音楽をやっていても、「世界の小沢」とかまでにはなれなかった。三枝成彰氏とかは大丈夫だろうか?

「国家の品格」の藤原正彦氏は、タカ派・愛国主義的な人とは言えないかもしれないが、保守系という印象の強い雑誌の取材をお受けになることが多くないだろうか。お父様は私の敬愛する新田次郎氏で、ある意味、重い十字架とも思う。数学者として立派な方でもあろうが、フィールズ賞とかの距離も気にしないではない。
藤原正彦氏は小川洋子さんの「博士の愛した数式」のモデルとも言われるが、それは事実だとしても、数学への愛情、フィールズ賞とからの距離はそうかもしれないが、ほんのチョッピりであろう。何より大切な博士の愛すべき性格は、小川洋子先生の全くのオリジナルかと思う。

ノーベル物理学賞の江崎氏の業績と能力が素晴らしいものであることは言うまでもないし、物理学以外の教養でも、穂影などがとうていおよぶところではない。でもDNAや遺伝学の知識、あるは人間観察の力量は本当の専門家と同列というわけにいくまい。同じノーベル物理学賞を受賞していても、広い教養と洞察で、数々の名著を残されている、湯川博士・朝永博士は高い壁かと想像する。小柴博士は、チームの業績と巨大資金ビッグサイエンスのマネージメンとの成果という謙遜があるようにも思える。世俗世間での人間的魅力としても南部博士・小林博士・益川博士・田中博士に負けてしまっているような口惜しさもあるかなと想像してしまう。

ところで、江崎氏はご自身の考えと芝浦工大の学長であることの折り合いをどうつけるのだろうか心配にもなってしまう。江崎氏が学長していると、東大、京大、早稲田より良いDNAが集まるのかしらん?でないと教育しても無駄???
あるいは努力はしていた、東大、京大、早大出身者のDNAの歩留まりが、あまりも悪かったという氏の観察経験なのかしらん?

石原慎太郎氏は文学者としての経歴があるのかないのか微妙ではある。ただ広い範囲の教養・知識でも、穂影などがとうていおよぶところではないし、石原氏は立派な教養人・知識人ではある。麻生総理なども遠くおよぶところではない。しかもエンターテイメントとして小説で成功しているのは、素晴らしいことである。実績で、勝てば官軍的に立派なクリエータである。やや低いレベルで人心掌握術に長けていたという証明はしている。ただ、政治家として実力者だからといって、むやみに、文学者・思索家としての大江健三郎氏とかを軽んじて、影を踏むに全く躊躇しないとしたら、やや問題ではあると思う。無論、創造的・発展的に大江健三郎氏らと激しい論戦をすることは別である。
人心掌握術に長けているという自信が、2ちゃんねる的な意見にゆずりすぎるという結果で終わると、石原氏のせかっくの大きく物事をつかむ力の可能性に、水をさすという結果にもなりかねないと心配にもなる。
計算通りに低いレベルでエンターテイメントで成功できてしまうというのは、どこか顧客を馬鹿にしている放漫さが残る。
ただ石原氏が説く、臆せずNOと言うべきときは言うというのは、とても大切ではある。
政治家としては、これからもあるが、物書きとしては石原氏の方がチャーチルより上かなとは思う。(読んだことはないが)。お国の為に石原氏の良さを生かすとして、策士として上である必要はないと思う。

自国を愛することの大切さは、自国を愛する他国の人々を敬愛・理解できてこそ意味のあることであろう。自国を愛したいがいゆえに、自国の現状を憎む気持ちも、自国民に対しても、他国民に対しても理解できる力も必要となろう。

私は、月並みな考えではあるが、矮小、いやしい、気質としての愛国主義、国粋主義、選民思想、差別主義を、美意識、美学的にも、理知の敵として忌避するのである。

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09.04.30朝日ジャーナル・鶴見俊輔氏

2009年4月30日号・週刊朝日緊急増刊・朝日ジャーナル
の鶴見俊輔氏の論文を読んでいて。

氏いわく、
大学出で「首席だ」「一番だ」と言って、官界、財界のトップに君臨する人たちが、国民に意見を譲るだけで、大きく物事をつかむ力もないのに、政治の中枢に座り、世論をリードする地位について、日本を悪くしていると言う。

その悪さは、日露戦争のポーツマス条約を不服とする、国民の意見に譲りはじめたころから、現在まで連綿と、続いているという。

昭和の初めには、国民に意見を譲らない政治家や知識人はバタバタと殺されていったとも言う。

この点はどうなんだろうか? 昭和初期に政治家や知識人が殺されていった背景は、太平洋戦争突入もつながるが、果たしてこの背景は農家の母達などの草の根の国民の意見の結果だったろうか? ここで、国民の意見を、この背景に無批判だった、当時の都会のサラリーマン男子達のこととして言うなら、確かに、昭和初期の政治家や知識人は国民の意見で殺されていったのかもしれない。鶴見氏にとっては、農家の母達は、国民の意見には、入らないのかもしれない。

ただ確かに、昭和初期の政治家や知識人が殺されていった状況を静観していたのは、当時の、大学出で「首席だ」「一番だ」と言って、官界、財界のトップに君臨する者たちであり、当時の都会のサラリーマン男子達ではあったかも知れない。そこには、維新の獅子達のように世論を飛び越えて大きく物事をつかむ力を持つ者が、不在であったかも知れない。

鶴見氏の、今だ、日本の大学出が世の中を悪くしてきたから、日本の大学出が嫌いだという気持ちもわかるような気がする。

私も今の日本の、大学規模至上主義、大学進学市場至上主義、大学教職員就業市場を聖域化すること、文部科学省大学部局規模至上主義は、大変おかしいと思う。

鶴見氏は、大学を出ていない賢人の例を現代も含めて、いく人か上げている。

まして、IT、ネット時代である。これからも、各方面で大学を出ていない偉人が多く出てくる必要があろう。

既に大学を出た人たち、これから大学を出ようとする人たちが問われるべきこと。社会に出て、大学を出てなくても教養学問をつんだ、あるいは地頭と経験が素晴らしい人と対峙して、自らのキャリアを辱められたら、どうするつもりなのか? にたような大卒の同僚とつるんで、見苦しい光景を展開するのみであろうか? 当面、最近に限らず、日本の大卒者は、そのことをもって、十分に自虐的であるのが、とりあえず望ましいところであろう。

そうでなくて、鶴見俊輔氏に嫌われるような大卒者にだけはなるべきではない。

そのような卒業者が多くなりがちな大学にも行くべきでもない。そのような大学の教授や職員にもなるべきではない。

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2009年4月28日 (火)

草なぎさん 違法家宅捜査・大臣暴言大問題・地デジキャンペーンの闇 社会正義はどこに

不景気に世界的にも脱せないことから、日本の最低限の社会正義はどっかにふっとんでしまったのか。

人権擁護の砦であるべき新聞、ジャーナリズム、弁護士会の、官憲の横暴になすすべのない、今のていたらくは一体何なのだ。

軍閥の統制に、積極的な協力をしていたことの反省が、今の朝日新聞等の根幹ではなかったのか?

週刊朝日も、週刊文春もあまりに悲しい。文春はただの天の邪鬼と正義感を履き違えているだけだ。権力にしっぽを振っているだけの記事だった。ジャニーズ事務所を権力あつかいして正義ぶる状況ではないのだ、たたくべきは官憲の横暴である。盲目的な官憲協力のこの状況、とても恐ろしい。日本全体が、かつてのあのときのように貧すれば鈍するの状態になってしまった。

あの大臣達も今は、所詮、ホームレスに身を落とすこと怖がる、自分達だけはワーキングプアにはなりたくないと、保身だけを考えているような、マスコミ、ジャーナリズムの本社サラリーマン記者デスクや大学の教員識者、弁護士など、ワンワン吠えるのは最初だけで、あんなやせ犬どもは、ひと睨みすればションとおとなしくなる、甘いものくいすぎ虫歯で牙のない、みじみな野良犬どもだと、政府系施策キャンペーンのCMブローカーから接待わいろを受け取っていた官僚とともに、ソファーにふんぞりかえってさぞ高笑いだろう。財界という広告主、CMスポンサーは大臣官僚の下僕である。テレビ新聞、弁護士会は兵糧攻めにおびえるしかなかった。正義はどこにもない。

この状況の恐ろしさに比べれば、どんなに巨額であろうと、CM契約不履行損害賠償にかかわる草なぎさん個人の社会人としての責任など、さほど重大ではない。請求することも、重大さのはき違いとしてケツの穴が小さすぎる。アッコなどはもともと非難するのもかわいそうな、アネゴキャラにしがみついている(彼女はだからこそ、それなりに芸能界への忠誠心は強い)無邪気なオバカキャラである。

新聞テレビなど、明らかに、当初これは芸能界の薬物ネタにつながるスクープだと早とちりしたに違いない。それで違法家宅捜査問題を失念した。

そして、メディア・マスコミ・言論弁論界・芸能界は、なにがなんでも、地デジビジネス、地デジ経済効果、絶対死守で、官憲横暴など眼中に入れないことに舵をきり直したのだ。

あの時は、日本国民は軍閥、朝日新聞等の経営陣。営業部にだまされるしかすべがなかった。今はどうだろう、ネットやブロガーは今度はそれに抗うことができるだろうか?プロバイダーはそうした国民を守ってくれるだろうか?ネットウォーカー、ブロガーは官憲横暴体制を転覆させる無血革命の力を得ることができるだろうか?

ところで、良い作品に出たいという役者としての熱意。酔った勢いでたけしさんを待ち伏せすること。いったいこれのどこが奇行なのか?

たけしさんは、これを不快だとは、思っていないないんじゃないかしらん?

文春があそこまで中途半端な記事を書くのなら、穂影も対抗して、がんばって自由自在な根拠のない憶測妄想を書かせてもらう。

草彅さんは、芸能界でも独特の性格である。お酒はやや不用意に過剰な息抜きとなっているが、それは彼がとても真面目な性格ゆえのストレスからでもある。彼はまじめなので、芸能界の薬物汚染などをとても嫌っている。この気持ちが強すぎることが、芸能界で浮がちなこととも関連している。草なぎさんの家族も、この真面目さが芸能界には向いていないと心配していた。草なぎさんは、芸能界の薬物汚染で、家族に相談したことがある。家族は、まあ所詮で郷に入ればと、ある程度は目をつぶればと、ある意味普通の反応をした。これが草彅さんには、家族がいる世界とは違う、汚い世界に平気でなじめと「僕は親に捨てられた」という感覚になってしまった。とにかく真面目なのである。草彅さんは薬物に無縁だから、かえってお酒などには無防備なのである。スネに傷もつ同業者には、ある意味、危険人物だろう。草彅さんは孤独である。同じようにまじめでも、キムタクは良い意味で純朴だけは終わらない、落ち着きがあるから、このツヨシのアンバランスが日ごろから心配なのである。草彅さんは、本当に泥酔であの事件を起こしたたのだろうか?実は大きなストレスから逃れるための決意の核心犯だったのでは?家宅捜査を誘導するのが狙いだった。薬物がないのは判っている、別のものを発見して欲しかったのだ。しかしそれは闇に葬られた。草彅さんしてみれば、芸能界の薬物のイメージ払拭との一石二鳥のハズだったのにである。実は発見して欲しかったものは、現場警官には告白していた。その発見物は現場警官から上司が取り上げ、かん口令がひかれた。そして警察によって大袈裟な公然わいせつ罪が演出されたのである。草彅さんは真相が言うに言えない状態なのである。

誰かが、なんらかの方法で、草彅さんを頼らずに、草彅さんから引き出すことなく、この草彅さんのストレスの元を破壊してくれないだろうか。その悪が芸能界の暗黙の常識だったとしても。

キムタク、中居君は、やはり芸能界上級者である。政府系施策キャンペーンというのは必ずしも美味しい仕事でないことを良く知っている。特にまじめな草彅さんには不向きな仕事だから、請け負ってしまったことを知って、内心アッという気持ちだったのでは。

文春は、「総務省が関る活動には、当然、税金が投入されるのだ。”国民的アイドル”は、もはや単なる酔っ払いではありえない」と書いてある。

なぜ税金で、そんな活動をするのかというのがまず問われるべきだろう。過去に、そんなことは無事に何度もやっているというのは答えではない。何故この活動に国民的なアイドルが必需品なんだろう?これは草彅さんの責任ではないだろう。このキャンペーンプロモータ業者の名がとんと出てこないのは何故なんだろうか? 癒着の証拠なんか、簡単に出てくるのでは? 賠償金など草彅さんが負わないで済むように誰か暴いてくれるヒーローはいないものだろうか?

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草なぎさん 人権無視家宅捜査問題 地デジの闇

朝日新聞朝刊、読売新聞朝刊、朝日は読者の声欄で抵抗するもあいかわらずである。朝刊しかとっていない私のような者へのあてつけでもあるまい。

新聞に朝刊、夕刊とあるのは速報性の為であって、新聞社の体質を判断するには、どちらか一方で十分であろう。

本来、読売と朝日は互いに、ある程度仲が悪いのが、一定の魅力になっているが、最近、ネットで朝日、読売、日経と協調したりして、そのていたらくぶりが目にあまる。

「貧すれば鈍する」と言うが、発行部数不振、広告収入部数不振、人材凋落で、保身のため、 守銭奴の上の方ばかり気にして、ことなかれで仕事をするばかりで、気骨のある新聞マンOBも、さぞや嘆いていることだろう。

じゃあ、週刊誌がそれを補ってくれるかと期待もするがどうだろう。週刊誌というのは、見出しと記事の内容が全く関係がないのが常である。新聞の週刊誌の広告を見ると、キムタクが、日頃からツヨシに酒のことを、厳しくとがめていたのにと、怒り心頭であるかのような見出しがある。草彅さんは記者会見で、まずSMAPの仲間が、日頃からお酒のことを注意してくれていたのに、自分が十分にそれに耳を傾けいなかったと謝罪した。

キムタクが、今のそうした草なぎさんに、加えて追い込むようなことを強調するとは思われないから、例によって週刊誌は見出しと内容が食い違っているのではと想像する。読めば、ああキムタクは良い人だということになるのだろうが、週刊誌のキムタクに対する態度は微妙かも知れない。キムタクに媚びているのか、キムタクも連座させ、落ち目にしたいのか狙いが判らない。あの世界は「ちみもうりょう」「ひゃっきやぎょう」である。三流マスコミというのは、無責任に、自分達は弱い者をイジメはしない、強い者イジメをするのだという、くだらないポジション(のフリで)でつっぱしる。そんなものは本当の反権力闘争でもなんでもないのだ。つねに無責任な安全圏にいて下品下等な言論モドキで読者から金をせびりとっているだけだ。

地デジ化というのは、先進国情勢でもあるから仕方がない面もあるが、各国で拙速で、草なぎさんの件、以前に評判が悪い面もあった。なんとか評判を戻して対応機器の販売促進で景気回復を図りたとしても、それに大きな水を差したのは、今回の草なぎさんより、あの大臣の反応である。それがあの人の本質であることは疑いようがない。

そもそも、地デジ化を景気と結びつけて重視すること自体が悪である。

また本質的に施策キャンペーンにタレントを利用することが悪であって、その悪を放置する理由は、関係公職者のリーベト是認となんらかわりない。

あの大臣の過剰な反応は、類がそこにおよぶという後ろめたさの表れであろう。もともとやっかいな地デジ問題で、渡りに舟と草なぎさんをスケープゴートにしようとした反射神経の愚かしさ醜さを露呈した。

そうようなことにかかわるのに、草なぎさんらのような立場の人間には何の責任もない。これこそ仕事だからしょうがないのである。ギャラが欲しいのは当たり前だろう。自力で稼ごうとするものは、常に弱者なのである。

私は匿名で意見を述べているから本当はどうでも良いのだが、万が一、草なぎさんの人格が虚像だとしたらどうか? しかし、その証拠は穂影などは知りようもないし、ファンとしては信じることが大切なのである。一方で、プロの報道関係者は、どうなのか? プロとして万が一の恥をかきたくないのかも知れないが、意気地なしで、ずる賢く、慎重であった期間の責任は忘れて欲しくない。そもそもあんらがたの拙速で事が始まっているのだ。

一般人として、大目にみられることが、だれだれでは社会的責任が重いからという、論法の線引というのは、本当のところ、どこにあるのか、一度、報道関係者にも真剣に考えて頂きたい。報道関係者というのは同僚を見ても、お酒などで、みな聖人君子なのだろうか?。俺たちは草なぎさんからみたら、ケタ違いの低額所得者で、日頃のウサも多、だから大目にみてよなのか?違うだろう報道関係者は、それでも可能な限り聖人君子に近くあるべきなのである。記事を書くときだけ、聖人君子のフリをしたり、みずからをさておいて、あんたは、そうでなくちゃいけないなどと言うのは許されないのである。

泥酔の醜態など本来、ほめられたものではない。サラリーマンの場合、ブタ箱、トラ箱に一泊しても、警察が勤務先に報告することはないし勤務先が知ったとしても懲戒とかはない事が多いと思う。

暴力はまんず許されない。でも酔った勢いで、上司、同僚をぶん殴るというのはありそうである。刑事事件に発展させないで社内で懲戒、降格というのもあるだろう。殴られたのが上司なら、部所内で不問ということもあるだろう。しかし第三者に暴力をふるったのなら犯罪だし、隠匿すれば組織犯罪でもある。

週刊誌の中には、見出しに「逮捕 妥当性」という言葉を使っているものもあるようだ。

草なぎさんの完全復帰を確認するまで、CMを中断したスポンサーの商品は買わないし、だいぶ前にテレビが故障して液晶地デジ対応に買い替えてしまっていたのは残念だったが、つい最近アパートが地デジ対応になったのだが、アナログもまだ受信できるので、録画デッキを地デジ対応にするのは、それまで無期延期とするつもりである。というより、特別な理由(特定の女優さん)を除いてテレビを観るのをやめようかとも思う。

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2009年4月27日 (月)

草なぎ剛さん お酒の失敗?4 人権無視家宅捜査?

2009年4月27日の朝日朝刊、読売朝刊。

当初、大きく取り上げすぎじゃないかと、不信感を抱いた後、手のひらを返したように両紙とも黙殺である。

黙殺した方が、草なぎさんの復帰が早くなるという、お詫びの気持ちだったとしても、むしろ無責任である。今、両紙ともメンツの為に、草なぎさんが、一般社会でも芸能界の中でも、常軌を逸した泥酔の常習犯だという材料集めに必至なのだろうか? 暴力事件に発展した例があれば、黙っているのは良識的にも犯罪隠匿ほう助であるが、そうでなけば、身内からそんな情報提供があった場合は、薄汚いチクリの部類だろう。そんなんだったら、アッコとかはどうなるのだ。それにそんな材料は、家宅捜査の違法性検証とは何の関係もない。今後心配なのは警察マスコミ協調の薬物ねつぞうである。やりかねない今の日本ではないのか?

あの大臣の発言もあって、名古屋市長選の影響を考えて、マスメディアはだんまりに舵を切ったと憶測したが、市長選が終わっても、不信無責任な転向姿勢に変わりはないようだ。

名古屋市長選で、このところ劣勢気味だった野党側が勝利したのは、あの大臣に反発、官憲暴走をコントロールできない政府に対する怒りを持った、名古屋の草なぎさんファンの影響もあったかも知れない。

別件的な家宅捜査の違法可能性は、重大問題である。新聞はジャーナリズムとして機能を失ってしまったのだろうか。政府キャンペーンにおける芸能人イネージキャラクター、民間広告業界との関連の問題もある。

読売新聞、朝日新聞とも、あれだけ草なぎさんを過剰に傷つけておいて、無責任極まりなく、このままではジャーナリズムの矜持のかけらも感じられない。

かろうじて朝日新聞は、読者の声の欄で、「「最低の人間」はお粗末」という投稿を掲載していた。投稿者は大臣の撤回表明でも許せないとしています。読者の声を担当するというのは新聞社の中でもメインストリートではないかもしれない。一種の新聞社内でのメインストリートに対する内部批判だろうか。

CMスポンサーの場合、ある程度、ことの次第を見守るというのはわかるが、いつまでたっても、権力の顔色を気にせず勇気をもって草なぎさんを復帰させなかったとか、あるいはガツガツ性急に違約金を草なぎさん負わせたということであれば、私は個人的に、そのようなスポンサーの商品は一生買わないつもりである。地デジ移行は、権力の横暴で、個人で実質選択できないので、今回、重大な地デジのさらなるイメージダウンの張本人は、私にとってはあの大臣である。

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2009年4月26日 (日)

草なぎ剛さん お酒の失敗?3

当初、朝日新聞、読売新聞が大きく、とりあげ過ぎじゃないかと、言ったが

矛盾するが、マスコミ・芸能界が逆に無理な収拾、無責任な黙殺に舵を切ったことに不信感がつのる。ことなかれ主義に不信感がつのる。

まず、草なぎさんの自宅、家宅捜査への違法性の可能性である。草彅剛さん自身や、顧問弁護士が抗議しないのは、まあ別に良いのである。ただでさえ大手新聞社や、あの大臣やCMスポンサーからの過剰社会制裁受けているのだがら、早くほとぼりを冷ましてあげたいというファンとしての気持ちもある。

しかし、こうした草なぎさん側、ファンの気持ちに便乗して、違う反省をうやむやにする警察、さらに自らしたことをスカット忘れて、いまさら嘘みえみえの草なぎさんファンのふりをする業界も許せない。そんな嘘より明日にでも草なぎさんと新しい仕事の契約をする、仕事の継続を確認するなどの態度で示して欲しい。

弁護士会として、果たして放置して良いものだろうか? 私個人は草なぎさんやl顧問弁護士を疑うわけではないが、自分達は大丈夫だけど、他の芸能人は、どうも怪しい、仲間の為にも官憲とケンカしないほうが良いと判断したと疑われる可能性もある。

サラリーマンの一部が泥酔して、ブタ箱で一泊するするなど日常茶飯事である。それで、麻薬所持者と疑われ家宅捜査を受けていたら、いくら麻薬を撲滅したいと願うにしても、これは、人権無視・恐怖政治・恐怖官憲の国家で民主人権法治崩壊である。芸能界、芸能人は司法のルールを無視して、基本的な人権を官憲に踏みにじられてもしょうがないということを放置しても良いのだろうか。これに世論の賛同がわけもなく得られるとしたら、芸能界には組織暴力団と同様に、基本的人権を斟酌するなということになってしまう。(組織暴力団は世論に反して、警察機構の一部や福利行政の一部から、その過剰人権を秘密裡に守ってもらっているのである。)芸能界=組織暴力団で芸能界が良しとするのなら、芸能界は自浄力の放棄を宣言したに等しい。 芸能界にあこがれなさい、あなたもスターが、ヤクザになれという勧誘に等くなってしまうではないか。

芸能界は、弁護士会は強く警察に抗議・釈明を求めるべきである。あの大臣の発言と撤回も、納得のいく反省の態度が見られるまで、草なぎさんファンの反感を大いに、あおるように執拗に何度でも流すべきである。

草なぎさんのCMのスポンサーにも、本来なら無期中止だが、警察の家宅捜査への不信感、大臣の発言の不適切の相殺によって、CM契約を続行履行させてもらうとして欲しい。

不審と言えば薬物に関しては、草なぎさんは血液検査をされているのだから家宅捜査は必要ないハズで、家宅捜査の目的が、地デジ関係のCM営業で、郵政関係との過剰飲食等の証拠がないかの調査だったら面白い。こういう事実が見つかっても、草なぎさんの立場では、普通おとがめがないのが社会の良識である。強いて言うと、あるとすれば、接待される関係者の家人に草なぎさんの大ファンがいるので、男芸者をさせれた程度で、これを咎められたら芸能界は成り立たない、あくまでも悪は席などをだんどった関係者と出席に応じた関係者である。

大臣の発言からして、大臣と草なぎさんが同席したことがあることはないだろう。(もしからしたら草なぎさんが、くってかかったことがあるのかも知れないが)

地デジ関連のCMと関連して言えば、今回のことは、かつての年金キャンペーンと較べても、大臣が芸能人に対して、カンカンになるほどのことでもない。あれは、あの大臣の根っからの芸能人蔑視観そのものの尊大傲慢さであり、放送事業、映像演劇界の大敵である。

石原さんが大切な弟さんを預けていた業界、小泉さんが大切な息子さんを預けている業界である。あの大臣あれですませるわけにはいかんだろう。

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草彅 剛さん お酒の失敗2

穂影が思うことは、世間の少なくない人が思うところと一緒だったようだ。

不祥事は起こしてはならないものだから、そんなものに本来は手本などはないが、少なくとも、これまで、もっとひどい不祥事を重ねてきた、政財界官僚著名人とその仲間は、反省の姿として、記者会見での草彅さんを敬って欲しい。

覆水盆に返らずという言葉があるが、今回その言葉に近いのは、草彅さんより、マスコミであるし、あの大臣の発言撤回は、反省すべきことを反省している姿勢とはほど遠い。あれで少しは盆に返せたつもりなら、どういう神経だろうか。人間の本質とは、とりつくろえないものだと思う。

草なぎ剛さんが、SMAPの面々との電話の内容に応えたとき、許しを請うたに先立って、仲間が体を心配してくれた、日頃からお酒のことを心配して忠告してくれていたと話すのを聞いて、芸能界の中にも、こうした会見ができる人がいるのだとつくづく思った。いや芸能界の中にもというより、草なぎさん、SAMAPにしかいまい。その他、立派な女優さんもいるが、そもそも不祥事を起こすことが考えにくい貴女(ひと)でもある。

警察が、草なぎ剛さんの自宅を家宅捜査したこと。昨今の芸能界、スポーツ界のことを思えば、無理からぬことかとも思う。警察関係の人達は、我々のようには芸能界のこと知らないかと思う。ミソクソ一緒である。しかし、結果的に、無罪だったので、捜査手続き上、重大な過失である。本来、草なぎさん側が寛容でなれば大変なことなのである。今後、進展上も何かあったら、警察側のねつ造が疑われしまう世論ではないだろうか。その世論をなだめるのも、草なぎさん側の度量にある状況かと思われる。

今後、郵政関係、広告関係で、あの大臣の足元で何かあったら、(日本のビジネス習慣上も、無理に?さがせば必ず何かでてくるのではないか?)そのときSMAP、草なぎさんファンは微塵も大目に見ることはないだろう。SMAP、草なぎさんらに対する、横暴への恨みは、食い物の恨みより恐いのである。それはファンは逆に横暴、慢心しない真摯なSAMAPや草なぎさんの人間性を、大臣などよりも信じているからである。

ジャナーリズムも、草なぎさんの心情から、何かスクープのネタを探るようような、インタービューを恥じて欲しい。官憲の権力を恐れず、自分達の正義感と取材力で真実を暴いて欲しい。ファンが草なぎさんに求めているのは、そんなことへの協力ではないし、草なぎさんもそれをわかってくれていて、歯をくいしばってがまんしているかも知れないのである。

ファンとしては、真のジャーナリズムと司直に、マスコミに、今回の報道に反省があるのなら、必要以上に草なぎさんを傷つけたことの仇をどこかで取って、名誉挽回して欲しいと思う。

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2009年4月24日 (金)

くさなぎさんのお酒の失敗?

2009年4月24日読売朝刊・朝日朝刊を見て、草なぎさんが泥酔して失敗されたことが報道されていた。びっくりしたのは、報道が大きいこと。記事を読んだ印象として、この時点なら普通は小さい記事で済ませるところだろう。

朝日朝刊も読売朝刊も、芸能週刊誌じゃあるまいしと、正直思う。

政財界官僚の不祥事など、重要な報道は山積みである。草薙さんをスケープゴードにする狙いでもあるのだろうか?

そこそこ酒を楽しむ穂影なども、少なからず、酒での失敗はある。新聞社の人間だって、そういう人間は少なくないはずだ。

ふだんは、気取っている管理職の会社人間の中にも、酒で品格に欠ける人間ははいて捨てるほどいて、二日酔いの後、ケッロとして、いいきなもんである。

とりあえず、草薙さんの場合は、飲酒運転や暴力、薬物に関連がないようなので、この点に関しては、なによりであった。

日本は飲酒の間違いに対する自己責任追及が、つい最近まで恐ろしいほど甘い国であった。死刑になるべきところを、飲酒が免罪布になってしまっていたのである。飲酒運転への規制もやっと最近になって厳しくなったのである。

草薙さんは、お酒がお好きということをバラエティ番組でも、ある程度ウリにされているようだった。これまで、お酒で回りに迷惑をかけているという話は我々の耳には入っていなかった。お酒に強いと、飲んでも間違いが少ないということはある。草薙さんが、もし世間に知られていないお酒の間違いが多かったとしたら、周りの人々の責任は重い。

今回は、普段身近な人たちにとっても、あの草薙さんがとビックリなら、草薙さんの抱えていた心のストレスは何なんだろうかと思わずにはいられない。しかし、そうした心配も、まづは、普段身近な人達が持つべきものであって、報道の役割でないし、報道から守るのが筋かと思う。

草薙さんの品格というより、これに関連して新聞社等の品格のなりゆきを注視する穂影である。

追記)無責任な勝手な妄想だが、草薙さんの心のストレスが、地デジ移行のCMのお仕事を通じて、広告代理店などCM受注を通じて、多額のリベートが例えば郵政関係の公職の人間に渡っていることを、たまたま知ってしまった、そんな正義感の葛藤だったらなぁーと妄想してしまう。仮に、そうでなくても、そんな気配を知っているなら、草薙さんが反省とは別に、逆襲してくれれば面白いと思ってしまうのである。あるいは、CMのギャラがもとをただせば税金であることの自責葛藤だったにしてしまうとかである。もっともファンとしては、そんな葛藤や悩みは吹き飛ばして、今後も良いお仕事を続けて、私たちに心の糧を与え続けて欲しいと思う。そんな正義感はジャーナリズムや司直の責務であって、我々ファンが草薙さんに求めているのは芸能人としての、感動や面白さを伝える力である。ストレスを乗り越えるように応援したい。

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