010年、1月4日朝日朝刊。ここでも浜矩子同社大教授は良くないデフレについて論じている。文化面でも、脱貧困、フリータ全般労組の山口素明さんの談話、グラミン銀行なども触れられている。
ここ50年ぐらいの日本を含めた伝統的な先進国の苦悩と憂鬱、大きな問題。こうした国々はおおむね反共の国でもある。私も今のところ反共だ。国民が生きる道として一党独裁、共産主義の選択は将来あるかも知れないが、たぶん伝統的な(かつての)先進国としては望ましくない苦渋の選択だろう。
日本はもとより、こうした国々で老若男女ワーキグプア、ホームレス、国内格差が大きくなり続けている。出口が見えない。
保護主義への誘惑は、各国少なからずあるだろう。日本だけが気まじめだと損をしてしまうのではないかと気がする。そうだとすると日本国民は指導者層に騙されやすいからに他ならない。そこそこ保護主義的になる伝統的な各先進国の国民は、国民同士で仲が良いゆえに、保護主義的になっていくかなとも予想してしまう。各国の国民同士の合意で、各国保護主義的になって行くのかと思う。それは多国籍大企業成長の否定でもある。おくればせながら、今だトヨタ、ホンダ、パナソニック、キャノン、新日鉄に外国相手に、がんばってもらわなくてはと思いこみ過ぎていると、日本国民だけ取り残されてしまうかも知れない。
もし、デフレ、価格破壊がワーキングプア、格差を助長しこそすれ、それを助けないとすれば、多国籍企業の成功を否定した、各国国民の合意に基づくある程度の保護主義による脱デフレしかないだろうと思う。
トヨタやホンダ、キャンノンは米国や欧州に工場を作る。すなわち日本資本の国外流出空洞化である。工場をつくるなら、日本車に乗ってあげる、製品を買ってあげるということなのだが、日本国民は相手国民にこうした条件はやめてと頭を下げてお願いする必要もあるだろう。多国籍企業の繁栄を否定しなければならない。
保護主義傾向と言っても、性急な極端な自由貿易の否定は困る。ただ外国に工場やお店を作るという、野放図な資本の国境移動には、制限を加え始める必要がありそうだ。すなわちある程度のグローバリゼーションの否定である。
浜氏も悪いデフレばかり言うだけにはいかないので、オランダのワークシェアリングとか言い出すが、こうしたことに言及しないのは、やはり財界側の御用学者でしかないかなという気もする。
ないにがなんでも経済成長し続けようとすることが、日本大企業の生き残りだけで、豊かさが、まったくもって国民に還元・再配分されてこないのである。経済がこれ以上成長しなくても、成長できる豊かさはあるし、まして、こんなありさまである。日本に必要のなのは経済成長なのだろうか?GDP世界30位以下でも、トヨタはキャノンはどうだか知らんが、日本人はそれなりに幸せであれるかも知れないではないか? 少子高齢化人口という身の丈にあった経済規模を選択しては何故いけないのか? 結局これが少子高齢化を逆転させ、また経済成長しても良い状態にする最短距離なのではないかという気もする。これだけでも、地球温暖化防止にも貢献できるではないか。
日本は動的平衡に基づく、健全な周期活動を無視した、経済成長至上主義で崩壊の道をまっしぐらという気もする。
老人には優しくして欲しいが、若い医療従事者をただ疲弊させ、彼らの雇用者を楽に金もうけさせているばかりの、老人に対する高額な治療行為は、ほどほどにしないと限界かと思う。老人に対しては高額な治療行為はやめて、安価なソフトケアに切り替えて行く必要がある。老人を延命させる大発見なんていらない。老人に対する治療行為の停止は決して殺人行為ではない。老人相手のサプリメントは、自由競争にして、安価にしていくべきだろう。 老人を気遣うことも、ほどほどにしないと国を滅ぼす、まして金ずる血税集金のダシにするなどもっての他である。
若者は若者同士で助け合うのが健全だ。過度に老人のケアを天職とするのは健全ではない。他に日本の為に勉強しなければならないことは山のようにあるのだ。老人のケアは若い人達に後をまかせた中年以上の最後の力をふりしぼった直接の手によることが健全である。
グローバリゼーションにブレーキをかける必要があるのは、国境を超えた資本・資金の移動抑制である。外国の情報が手に取るように判るとか、見習っても良いと思える国内制度をまねるとか、国民が健康でいられる方法をまねるとかのグローバリゼーションはどんどん推進すべきである。
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