2010年1月 6日 (水)

子ども読書支援

010年1月5日読売朝刊 解説面 子ども読書支援 縮小に関して

本来の目的を良く考えて、費用対効果というのを考えて欲しい。本来、生来、本が好きでない子に読書を強要するというには限界がある。読書が大好きなのに家庭の事情で、豊富な本に触れられない環境に抵抗することそが重要である。需要が十分でないことを持って、一部の子の為に蔵書を充実させることは無駄と考えることに抵抗することが重要である。本好きな子は、蔵書さえ豊富なら、落ち着いて読める空間があるなら、気軽に借りれる環境があるなら、そんなに贅沢は言わないと思う。蔵書や空間確保の邪魔になるような、経費予算は無駄である。小学校でも優しい本の他、遠慮なく高度な学術書、文学書も蔵書すべきである。プログラミング技法書も蔵書すべきであるこれは国力なのである。優先度の高い国力なのだ。費用対効果の悪いことは許されない。

何故、学校が好きだったか、図書室に読み切れない程の読みたい本があったから。そんな思い出を持つ卒業生がいないような学校はいらない。

もっと本を読みたかったのに、学校になかったという卒業生がいるような学校はいらない。

小学校、中学校に司書はぜいたくすぎるボランティア団体の支援も費用対効果は良くない。無償でやってくれないならいらない。本来の目的を一義に考えて欲しい。大人の雇用対策にしてはいけない。必要以上に教員の労働強化にしてはいけない。図書室では静かにする、借りている本は大切にする躾が大切である。

小中学校で本好きでなかった子が、ネットの大海に出るのは良くない。小中学校のパソコンはイントラなら許すが、ネットにつながっている必要はない。いつでもネットの情報に負けない新書などの豊富な蔵書があるべきだ。プログラミング環境は必須である。ソフト読み取り可能のベイ、ポートは無い方が望ましい。

優良図書の学割制度に、もっと良いアイデアが欲しい。

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脱グロ-バリゼ-ション 経済成長否定 協調的保護主義 脱デフレ貧困

010年、1月4日朝日朝刊。ここでも浜矩子同社大教授は良くないデフレについて論じている。文化面でも、脱貧困、フリータ全般労組の山口素明さんの談話、グラミン銀行なども触れられている。

ここ50年ぐらいの日本を含めた伝統的な先進国の苦悩と憂鬱、大きな問題。こうした国々はおおむね反共の国でもある。私も今のところ反共だ。国民が生きる道として一党独裁、共産主義の選択は将来あるかも知れないが、たぶん伝統的な(かつての)先進国としては望ましくない苦渋の選択だろう。

日本はもとより、こうした国々で老若男女ワーキグプア、ホームレス、国内格差が大きくなり続けている。出口が見えない

保護主義への誘惑は、各国少なからずあるだろう。日本だけが気まじめだと損をしてしまうのではないかと気がする。そうだとすると日本国民は指導者層に騙されやすいからに他ならない。そこそこ保護主義的になる伝統的な各先進国の国民は、国民同士で仲が良いゆえに、保護主義的になっていくかなとも予想してしまう。各国の国民同士の合意で、各国保護主義的になって行くのかと思う。それは多国籍大企業成長の否定でもあるおくればせながら、今だトヨタ、ホンダ、パナソニック、キャノン、新日鉄に外国相手に、がんばってもらわなくてはと思いこみ過ぎていると、日本国民だけ取り残されてしまうかも知れない。

もし、デフレ、価格破壊がワーキングプア、格差を助長しこそすれ、それを助けないとすれば、多国籍企業の成功を否定した、各国国民の合意に基づくある程度の保護主義による脱デフレしかないだろうと思う。

トヨタやホンダ、キャンノンは米国や欧州に工場を作る。すなわち日本資本の国外流出空洞化である。工場をつくるなら、日本車に乗ってあげる、製品を買ってあげるということなのだが、日本国民は相手国民にこうした条件はやめてと頭を下げてお願いする必要もあるだろう。多国籍企業の繁栄を否定しなければならない

保護主義傾向と言っても、性急な極端な自由貿易の否定は困る。ただ外国に工場やお店を作るという、野放図な資本の国境移動には、制限を加え始める必要がありそうだ。すなわちある程度のグローバリゼーションの否定である。

浜氏も悪いデフレばかり言うだけにはいかないので、オランダのワークシェアリングとか言い出すが、こうしたことに言及しないのは、やはり財界側の御用学者でしかないかなという気もする。

ないにがなんでも経済成長し続けようとすることが、日本大企業の生き残りだけで、豊かさが、まったくもって国民に還元・再配分されてこないのである。経済がこれ以上成長しなくても、成長できる豊かさはあるし、まして、こんなありさまである。日本に必要のなのは経済成長なのだろうか?GDP世界30位以下でも、トヨタはキャノンはどうだか知らんが、日本人はそれなりに幸せであれるかも知れないではないか? 少子高齢化人口という身の丈にあった経済規模を選択しては何故いけないのか? 結局これが少子高齢化を逆転させ、また経済成長しても良い状態にする最短距離なのではないかという気もする。これだけでも、地球温暖化防止にも貢献できるではないか。

日本は動的平衡に基づく、健全な周期活動を無視した、経済成長至上主義で崩壊の道をまっしぐらという気もする

老人には優しくして欲しいが、若い医療従事者をただ疲弊させ、彼らの雇用者を楽に金もうけさせているばかりの、老人に対する高額な治療行為は、ほどほどにしないと限界かと思う。老人に対しては高額な治療行為はやめて、安価なソフトケアに切り替えて行く必要がある。老人を延命させる大発見なんていらない老人に対する治療行為の停止は決して殺人行為ではない。老人相手のサプリメントは、自由競争にして、安価にしていくべきだろう。 老人を気遣うことも、ほどほどにしないと国を滅ぼす、まして金ずる血税集金のダシにするなどもっての他である。

若者は若者同士で助け合うのが健全だ。過度に老人のケアを天職とするのは健全ではない。他に日本の為に勉強しなければならないことは山のようにあるのだ。老人のケアは若い人達に後をまかせた中年以上の最後の力をふりしぼった直接の手によることが健全である

グローバリゼーションにブレーキをかける必要があるのは、国境を超えた資本・資金の移動抑制である。外国の情報が手に取るように判るとか、見習っても良いと思える国内制度をまねるとか、国民が健康でいられる方法をまねるとかのグローバリゼーションはどんどん推進すべきである。

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束芋 断面の世代

010年1月5日朝日朝刊文化欄 束芋さん。初めて知った現代美術家・画家さん。「束芋 断面の世代」でググったら、新聞より少しは良い作品画像もあった。1958年生まれの穂影おじさんにも、しっくりくる画風でなんか好きである。

下手の横好きで、子供のころから、落書き、絵とか、結構一生懸命描いていた。束芋さんのようには描けなかったけど、こんな感じの絵を一生懸命描いていた。こんな感じの絵が好きなんだけど、どちらかと言うと、周りが褒めてくれたのは別のタイプの絵だったような気がする。

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大坪文雄パナソニック社長 ブラックボックスの強み?

10年1月5日朝日朝刊経済面。大坪文雄パナソニック社長のインタビュー。

私はオープンソースに興味があって、その意味ではブラックボックスというのを自分やみんが放置しているのが嫌いだ。オバカに満足しているのが嫌いだ。

ただ、大坪氏が言う、「ブラックボックス技術」を確保するのが、日本の生命線だというのにも、賛成できることもある。

生産を海外に移せるのは、製品として完成しており、マニュアルがあればつくれる製品だけだろうと言うのも正しいかと思う。

じゃあ、海外に移せない、ものづくり、その工程は何かということだが、開発、設計、製造などあらゆる人たちが前後の工程の人と話あって改善していく「すり合わせ」作業だとも言う。これも間違いそのものだとは言えない。

しかし、これは、今のところ新興国がマネするのが難しい日本の強みだとしても、本当の意味ではそれ自体は価値ある技術でもないし、価値あるブラックボックスでもない。この程度のアドバンテージは新興国にいづれ持っていかれる。この辺の限界が、大坪氏の悩みでもあり、トヨタ、ホンダの悩みでもあるだろう。

日本だけが、世界中の全ての価値あるブラックボックスを独占することは不可能だし、可能にした歴史も持っていない。競争とは新しいブラックボックスを生み出すだけでなく、外国、他社のブラックスボックスを手取り足とり教えてもらわなくてもクリアボックスにしてしまう戦いでもある。ある意味、日本は発展途上だったから、この力が強かったのだが、今の日本の若者の弱点、日本の弱点は、ブラックスボックスを開く力(知力・思考力・主体性)とそのモチベーションが著しく弱いことなのだ。しかし、先進国先端の米国は、この力に衰えはない

今は、子供がラジオ、テレビをイタズラで分解しても学べることは少なくなってしまった。英語などの早期教育より、プログラムコーディングの初期教育を推奨したい。プログラムコーディングベタな教育者を大学、小学校から排斥したい。

オープンソース社会に踏み出せない、日本と欧州だけが逆行しているのは、オープンソースを読む力が、著しく低いからであり、ますますオープンソースから遠ざかり、国力を衰えさる。せっかく用意されている世界のオープンソースを自らの能力の低さで、勝手にブラックボックス化しているのである。これでは、他社、他国が必死で開こうとする、新しい価値あるブラックスボックスを効率良く生み出すことなど出来ようはずがない。

結局、国力、企業力とは、目の前にある高度なオープンソースが他国民、他社の社員にとっては豚に真珠、猫に小判であるにつきるのである。今日本はこの状況を作り出す能力が危機的に急速に衰えているのである。日本に高度なオープンソースが無いのは、日本語が弱くなること、日本が弱くなることそのものだ。

日本の未来は、オープンソースVS暗黙知 の結果にかかっているとも言えよう。私は正直、やや悲観論者である。日本人すべては救い難い。これは日本の若者の責任だけではなく、日本の大人たちの無能さの責任でもある。

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2010年1月 4日 (月)

文芸春秋 荻原博子 ODA 御用ジャーナリスト

文芸春秋2010年1月号 浜矩子エコニミスト、荻原博子経済ジャーナリストの対談。なにげに萩原氏の言葉として「ODAだって、お金だけ渡して、あとはご自由にと殿様商売をしている。他の国は自国企業をからませたり、もっと国益を見据えて援助しています」と言われているのだが、この認識には、どうして?と興味を持つ。

日本のODAは、十分にヒモつきという認識も、日本人には多いかと思う、私もそうだ。政官産癒着の血税着服のルートという認識も強い。ただ、米国、欧州、中国も十分にそうだよという認識は確かに日本人は弱いかなとも思う。欧米国民は、捕鯨問題とか、地球環境に関して、横柄、横暴ではあるが、メジャー、巨大多国籍企業などの自己民族系の支配者が、ODA的開発においてひどい環境破壊をし続けていることを知らなさすぎる、日本国民より知的レベルが高いとは言い難い、ポピュリズムの国民という気もする。政府や自国の知的支配者層に簡単にだまされる、人の好い国民というより、一人一人が正義面するだけで、故意に闇に眼をつぶる、悪辣な、心の奥底に、ずるさを持った人たちという気もする。むしろ世界で一番、知的で、もの知りで、良心的なのは平均的な日本人のような気もする

 ただ、萩尾氏は、日本のODAの癒着、ヒモつきのひどさは良く知った上で、援助の対象国民が本当に欲することと、日本人の良心で、できることが結びついていない、他の先進国は、このヒモがしっかりしていると言いかったのだろうか?ただ自国医療団、治安維持人材、教育者集団、技能伝授者集団ではなく、自国企業という言葉を使っているので、そうした考えが背景にあるとは想像しにくい。

体制、権威、金権側の御用ジャーナリストなのだろうか?

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2010年1月 3日 (日)

★オーサグラフ 鳴川肇

10年1月3日読売朝刊政治面。毛利衛さんが紹介されている鳴川肇さん。「オーサグラフ 鳴川肇」でググってみた。とても面白い。これから勉強してみたい。この手のことは出尽くしたと思っていたが意外なものである。

数学者というのは3次元じゃもの足りなくて、すぐに高次元に興味が移ってしまうようだが、パソコンの力を借りると、3次元で実用的なテクニックの開発余地はまだあったかと正直思う。実は、オーサグラフでなくても、地図の数学は、ちゃんと理解している訳ではない。なにより大切なのは、地球儀に比べて何が保存されていて、何が失われているかである。面積の保存と、切れ目なく全体を長方形にまとめているということだが、海の面積、隣接連続性、方位、最短距離などに興味を持って勉強すべきだろう。

魚眼レンズ撮影の、画面展開への応用など工学人間工学的にも興味がわく。ただ勉強してみた結果のオーサグラフの限界から、興味が急速にしぼむかも知れない。勉強してみなければ判らない。

ただ、少し冷静に考えてみると、オーサグラフの面積、形が限りなく正確という表現が気になる。すなわちこれは数学的には厳密でないということであり、これまでの図法が、数学的に厳密に何を保存して、何を保存していないかがはっきりしてることに較べれば、やや問題がある。この地図に馴染むことが、これからの若い人に何か良い認識上の好影響があるかというと、それほどでもない気がする。できるだけ地球儀に馴染むにこしたことはない。地球議は地理情報の他に太陽光の地球への当たり方が判るなどの利点もある。特に今は、パソコンであたかも地球儀をクルクルまわして観ているようなことが出来る。世界全体の地図を日常的に良く観たり必要もないし、携帯する必要もないのが現実でもある。

地球儀を手に取っても、目で眺めるのであれば、結局相当に平面投影的である。周辺部はきつい斜めから観ているので、ひどく歪んでいる。裏側の国の面積と較べるときは、短期間の印象の記憶力が必要である。その意味では、オーサグラフで視線をわずかにずらす方が、面積印象の比較には確かに便利かも知れない。ただパソコンでは、疑似地球儀を2つ並べて観るということもできる。

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神城淳司 IT 匠の技 金型 農業 可視化

10年1月3日朝日朝刊オピニオン面。「神城淳司 IT 匠の技 金型 農業 可視化」でググッてダメ。「神城淳司 IT」でヒットするが、何か違う。

この記事の方面では、まだ、あるいは永久に本物ではないのかも知れない。

氏はオープンソース社会に馴染むところにいるのだろうか?慶応大系。東大系のITは、自分でコーディングすることなく、反オープン、囲い込みビジネスモデルに執着が強いというのが、私のみたてである

考えて見れば、ヘタをすれば、一歩間違えれば、また金型、農業で良い匠の技を持っている人達が、一方的に損をしてしまう構想でもある。

ITゼネコンに頼らなくても、(都銀、商社、半官製組合独立系の)宅配、ロジスティック業者が、社内のRubyストらの手で、ネット情報を解析して、勝手ロジスティスク、勝手、物版の勝手スマトーグリッドを構築して、反権威主義、反寡占主義の志に協力できたら面白いかとも思う。

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羽田隆志 電気ミニカー 陸運事務所 浜松市 特区

10年1月3日朝日朝刊オピニオン面。「羽田隆志 電気ミニカー 陸運事務所 浜松市 特区」でググルがダメ。特区をはずしてダメ。浜松市をはずしてダメ。陸運事務所をはずしてヒット。

羽田氏が陸運局に問い合わせて、はねつけられる根拠が判らないとしているが、間接的には本田宗一郎亡きホンダも、羽田氏らに、いじわるをしているのではという想像には難くない。労働組合も悪者かも知れない。

羽田氏は、かつて大手自動車メーカーで働いていて、下請けが努力してコストを下げても、利益を頂点のメーカーが吸い上げる仕組みが嫌で、辞めたそうである。羽田氏が嫌ったこうした行為を繰り返していたのは大企業の経営陣であるとともに、労働組合の構成員達でもある

羽田氏がはそれなりに、日本にとって、未来にとって、正しい人である可能性は小さくはない。

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2010年1月 1日 (金)

文芸春秋 浜矩子 荻原博子 ユニクロ

文芸春秋2010年1月号 浜矩子エコニミスト、荻原博子経済ジャーナリストの対談 浜氏が10月号で発表した「ユニクロ栄えて国滅ぶ」は読んでいない。少なくない国民は、ユニクロは中国の安い労働力で儲けているだけで、日本の勤労者を貧乏に追いやっているのではないかと思っているかも知れない。柳井社長は注目される経営者であるが、松下幸之助、本田総一郎のようには礼賛しきれないと感じる人も少なくないと思える。

ただ、ユニクロはヒートテックなどをヒットさせているなど、素材レベルでは日本の生産、雇用を活性化させてるかも知れないし、お店の雇用でも国内の所得再配分には貢献しているのかも知れない。

日本も戦後、国内安い労働力で衣料品・日用品を作って米国に買ってもらい、経済成長を遂げたわけで、この道を歩もうとする中国の手伝いをすることを一概に悪と決めつける訳にはいかない。

浜氏は経済計量的な根拠があって論じているのかも知れないが、トヨタ、キャノンですら楽な見通しがない今、ユニクロばかりが儲かっていることをもって、偽装請負、圧力による海外生産・国内空洞化のトヨタ、キャノンより、ユニクロの方が悪いとしてしまうのは、いかがなものかと思う。

百貨店が慢性的に低調の中、規制緩和で、零細小売をいじめながら、やってきたのはスーパー、コンビニである。それに較べれば、本当のことは知らないが、ユニクロの方が、政官に頼ってきたという感じは強くない。

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2009年12月31日 (木)

サッチャー 空手レディー 警護 機密文書

09年12月31日読売朝刊国際面 「サッチャー 空手レディー 警護」でググれる記事 1979年の話 英政府は「日本の外務省や警察は頑固なので、高いレベルで話をつける必要がある」としたそうであるが、私は英国側は、こうした次元の低いことにエネルギーを割いている日本に、相当な不安を感じたのだろうと想像する。それは無能ぶりということでもあり、あまり直っていない日本でもある。確かに日本にとっては機密文書だ(笑い)

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